近年、AIは飛躍的に進化し、さまざまな目的・分野で活用が進んでいます。一方で、AIを用いたサイバー攻撃や、AI活用そのものに伴うセキュリティリスクも無視できません。AIが身近になったいまこそ、どのようなリスクがあり、どう備えるべきかを整理しておきましょう。
この記事では、AI活用におけるセキュリティリスクに加え、AIを悪用した攻撃例、そしてAIを安全に活用するための対策の考え方を解説します。読み終えるころには、AI導入・利用の判断材料(何が危なく、どこを固めるべきか)を自分の言葉で説明できる状態を目指します。
この章では、AIが普及したことで増えやすいリスクを「何が起きるか」「なぜ起きるか」の観点で整理します。ポイントは、従来の情報セキュリティに加えて、AI特有の入口(入力・学習・出力・運用)を意識することです。
AIは、与えられたデータをもとに学習し、業務の自動化やテキスト・画像などのコンテンツ生成を行います。さらに、継続的な学習や再学習によって精度を高められる点も特徴です。
注意したいのは、「未知の入力を与えたときにAIがどう振る舞うか」を完璧に予測するのは難しい、という点です。学習には大量のデータが必要ですが、そのすべてのパターンを事前に検証し尽くすことは現実的ではありません。
結果として、AIが想定外の誤動作をしたり、設計上の弱点(攻撃されやすいポイント)を抱えたりする可能性があります。また、AIの弱点そのものを狙う攻撃や、AIの特性を逆手に取る悪用も考慮が必要です。
AI活用のリスクは、どこで問題が起きるかを分解すると整理しやすくなります。代表的には次の4つです。
AI利用時の情報漏えいは、外部サービスにデータを送った瞬間だけが危険という話ではありません。たとえば、社内で共有されるプロンプトや回答ログに機密が混ざる、入力内容がチーム内テンプレとして再利用される、出力結果をそのまま資料やメールに転記して拡散する、といった形でも漏えいが起こり得ます。
つまり、AIに「入れない」だけでなく、「残さない」「広げない」「再利用しない」まで含めてルール化することが重要です。
AIの出力は、文章として自然で説得力があるため、誤りが混ざっていても気づきにくいことがあります。とくに、手順・設定例・法令や規程の解釈・セキュリティ判断などは、誤りがそのまま事故につながりやすい領域です。
そのため、AIを「回答者」として置くのではなく、「下書き・候補出し・論点整理」として使い、最終判断はレビュー・承認・検証で担保する設計が現実的です。
この章では、AI(機械学習)の特性を悪用して、モデルに誤った判断をさせる攻撃を整理します。重要なのは、攻撃者が入力や出力を手がかりにモデルを揺さぶれる点です。
AI(機械学習)の特性を悪用する代表例として「敵対的攻撃」があります。これは、機械学習モデルの認識を意図的に混乱させ、誤った判断を引き起こす攻撃手法です。
敵対的攻撃では、入力データに小さな改変(ノイズや細工)を加えたり、出力の傾向を手がかりに推測を進めたりすることで、モデルの出力を狙いどおりに誤らせます。代表的なアプローチとして、次のようなものが挙げられます。
敵対的サンプルは「人間にはほとんど違いが分からないのに、AIの認識だけが大きく変わる」ことがある点が厄介です。モデル反転攻撃は、推論結果(スコアや確信度など)を手がかりに、学習に使われたデータの特徴を推定するような攻撃につながり得ます。
AIの認識を意図的に誤らせられると、次のような被害が想定されます。
たとえば顔認証では、特定のパターンを含むアクセサリや表示物によって認識を揺さぶり、別人として判定させる研究例が知られています。物体検知や不正判定でも、AIの見え方をずらすことで、検知を回避されるリスクがあります。
敵対的攻撃への対策としては、次のような考え方が有効です。
とくに、推論結果をどこまで外部に返すか(確信度や詳細情報の扱い)は重要です。モデル反転攻撃のように、出力情報が攻撃の手がかりになるケースがあるため、必要最小限の情報に絞る設計が望まれます。
この章では、生成AIにより実在人物の映像や音声をそれらしく合成できるようになったことで、何が企業リスクになるのかを整理します。ポイントは、真偽の判定が追いつかない状況で意思決定が迫られる点です。
ディープフェイクとは、実在する人物の映像や音声を人工的に合成し、本物のように見せる偽物のコンテンツのことです。生成AIの普及により、テキストだけでなく、画像・音声・動画まで含めて「それらしく作れる」環境が広がりました。
なお、ディープフェイクは従来GAN(敵対的生成ネットワーク)を含む技術で語られることが多い一方、近年は拡散モデルなど多様な生成技術が発展しており、総称としてAI合成コンテンツと捉えるのが実務上は分かりやすいでしょう。
一般的には、元となる動画・音声と、差し替え対象の人物の画像・音声などを学習させ、表情や口の動き、声の特徴を合成します。これにより「本人が話しているように見える・聞こえる」動画や音声を作れます。
ディープフェイクが問題となるのは、社会的影響が大きい領域ほど「真偽の判定が追いつかない」からです。代表例としては、次のような被害が挙げられます。
特にビジネスでは、音声合成によるボイスフィッシングや、会議・通話を装った詐欺が現実的なリスクとして意識されています。
ディープフェイクに備えるうえでは、「素材を与えない」「だまされない」「だまされても被害を最小化する」の3点が重要です。
動画や音声があるから本物とは限らない前提で、組織の意思決定プロセス側を強化することが、最終的な被害抑止につながります。
この章では、AIが攻撃手段として使われると何が変わるのかを整理します。結論としては、攻撃の質が上がるというよりも、攻撃の量と精度が同時に上がりやすくなる点が脅威になります。
AIによって文章生成が容易になると、自然な日本語での誘導文面が大量に作られやすくなります。誤字脱字が少ない、状況説明がそれらしい、業界用語が混ざる、といった特徴により、受信者が違和感を持ちにくくなる可能性があります。
また、ディープフェイクと組み合わさると、メールだけでなく音声通話や会議形式での詐欺も成立しやすくなります。人をだます攻撃は、技術対策だけでなく、手続きと確認経路の設計が重要になります。
攻撃者は公開情報や過去の漏えい情報を手がかりに、組織構造、担当者、利用サービス、業務フローを推測します。AIは、この情報整理や文章化の速度を上げやすく、結果として「それっぽい」攻撃シナリオが作られやすくなります。
AIは、コードの一部変更や手順の言い換えと相性がよい側面があります。その結果、既存の攻撃手順が派生しやすくなり、検知や対策が追いつきにくくなる可能性があります。
一方で、AIが生成したものは常に正しいわけではありません。だからこそ、防御側は「AIだから特別に怖い」と過度に構えるより、攻撃が増えたときに耐えられる基本対策(多要素認証、権限管理、監視、バックアップ、教育)を厚くすることが現実的です。
この章では、AI導入・利用で押さえるべき対策を、実務で回る形に落とし込みます。ポイントは、AIをツールとして使うだけでなく、入力・出力・権限・監査まで含めて設計することです。
AIを安全に活用するには、従来の情報セキュリティ対策に加えて、「AI特有のリスク」に対する対策も組み込む必要があります。ポイントは次のとおりです。
加えて、AIそのものを狙った攻撃(敵対的攻撃、学習データ汚染、プロンプト悪用など)も想定し、監視・制限・検証の仕組みを準備しておくことが重要です。
AI活用で最初に決めるべきは、入力できる情報の範囲です。機密情報や個人情報を含む可能性がある業務では、次のようなルールがないと、便利さがそのまま漏えいリスクになります。
重要なのは、利用者の善意や注意力に依存しないことです。入力しやすい環境ほど、迷いなく判断できる線引きが必要になります。
AIの出力は、正確性だけでなく「責任の所在」が問題になりやすい領域です。とくに、社外向け文書、契約、規程、セキュリティ判断、システム変更の手順などは、誤りがそのまま事故になります。
そのため、AI出力は次のように扱うのが安全寄りです。
AIツールは、誰でも使える形で導入されがちです。しかし、扱う情報が広いほど、利用範囲と権限が曖昧だと事故が起きやすくなります。アカウント管理、利用者の区分、ログの保管と監査をセットで設計し、問題が起きたときに原因を追える状態にしておくことが重要です。
AIに外部データを参照させたり、社内システムと連携させたりする場合、悪意ある入力が混入してAIの挙動を誘導するリスクを想定する必要があります。入力の検査、参照範囲の制限、危険な操作の抑止、重要操作の二重承認など、設計段階でのガードが実務的です。
この章では、AIが脅威になる側面だけでなく、防御に役立つ側面も整理します。AIは万能ではありませんが、大量データの監視や優先度付けの補助としては有効です。
ここまでは「AIの悪用」に焦点を当ててきましたが、セキュリティ対策の側でもAI活用は進んでいます。AIは大量のデータから特徴を学び、通常とは異なるパターン(異常)を検出するのが得意です。
サイバー攻撃が高度化・多様化する中で、人手だけで全ログ・全通信・全端末挙動を追い切るのは限界があります。だからこそ、AIを補助線として使い、検知・優先度付け・初動対応の品質を上げることが現実的な活用方法になります。
この章では、AIが防御側で使われる代表例を紹介します。導入の目的は「検知の自動化」ではなく、「見落としを減らし、初動を速くする」ことに置くと設計しやすくなります。
システム運用では大量のログが発生します。AIに平常時と異常時のパターンを学習させることで、監視・解析の自動化や、アラートの精度向上が期待できます。さらに、複数のログやイベントを横断して相関分析できれば、単体では見えにくい攻撃の兆候を捉えやすくなります。
従来のマルウェア対策は、既知の特徴(シグネチャ)との一致で検知する方式が中心でした。しかし、この方式は未知のマルウェアや亜種に弱い面があります。AIを用いてマルウェアらしい振る舞いを捉えられるようにすると、新種・亜種への対応力が高まります。
ファジングは、さまざまな入力を自動生成してソフトウェアに与え、クラッシュや不正挙動を見つけて脆弱性を発見する検査手法です。近年は、入力生成や探索の効率化にAIを組み合わせる研究・実装も進んでいます。
従来、脆弱性検査やペネトレーションテストは人手・時間が必要になりがちでしたが、AI支援によって探索を効率化できれば、より短いサイクルで弱点の発見と修正を回せる可能性があります。
AIは便利で新たな可能性を生み出す一方、セキュリティリスクも抱えています。AI活用が広がるほど、AIを狙う攻撃とAIを悪用する攻撃の両方が現実的な脅威になります。
一方で、AIはセキュリティ対策の側でも有効に活用できます。重要なのは、AIを魔法の解決策と捉えるのではなく、入力・出力・運用・監視・権限の設計まで含めて、組織として安全に使い続ける仕組みを整えることです。AI活用を検討する際は、リスクを理解したうえで、必要な対策も併せて進めていきましょう。
機密情報の入力や漏えい、学習データや参照データの改ざんや混入、AIの想定外出力、AIを狙った攻撃、生成コンテンツの悪用などが代表例です。
入力に小さな細工を加えるなどして、AIモデルに誤った判断をさせる攻撃手法です。顔認証や物体検知、マルウェア検知などの回避につながる可能性があります。
推論をサーバー側で実施し、アクセス制御と監視を強化することに加え、レート制限、出力情報の最小化、入力検査や再学習などを組み合わせる考え方が基本です。
経営者や取引先のなりすましによる詐欺、本人確認の突破、偽情報による信用毀損、名誉毀損やプライバシー侵害などのリスクがあります。
重要な手続きは別経路で確認し、単独承認を避け、多要素認証や権限分離を徹底し、確認手順を教育で定着させることが有効です。
社内ルールと利用条件に基づいて判断が必要です。入力可否、保存や学習への利用有無、ログの扱いを整理し、運用ルールとして明確化することが重要です。
誤りや不確実性が残る可能性があるため、そのまま公開や送付に使わず、レビューや承認、根拠確認の手順を設けるのが基本です。
ログ監視と異常検知、相関分析による兆候検出、振る舞いベースのマルウェア検知、AI支援による脆弱性検査などが代表例です。
利用範囲と権限設計、入力データの取り扱いルール、ログと監査、例外時の承認と記録、継続的な評価をセットで整備することが重要です。
必要です。取引先や委託先として組み込まれる立場ほど影響が広がりやすいため、多要素認証、権限管理、教育、監視といった基本対策から整備することが現実的です。