災害やシステム障害、サイバー攻撃、サプライチェーンの寸断など、事業を止める要因は年々増えています。本記事ではBCM(事業継続マネジメント)を「計画を作る」だけで終わらせず、変化に合わせて回し続ける仕組みとして捉え、BCPとの違い、要素、規格・認証、実務の進め方までを整理します。
BCMとは、Business Continuity Management(事業継続マネジメント)の略称で、緊急事態や予期せぬ事態が発生しても、重要な事業を止めない・止まっても早く立て直すために、組織として継続的に取り組む管理の枠組みを指します。BCP(事業継続計画)を「作ること」自体が目的ではなく、BCPを実行できる状態にして、維持し、定期的に見直して改善する管理体制がBCMです。
BCMの運用では、状況の変化に合わせて計画と体制を更新し続ける姿勢が欠かせません。たとえば、拠点の追加・統廃合、主要ベンダーの変更、人員体制の変化、クラウド移行、法規制の改定などが起きれば、過去に作ったBCPはそのままでは使いにくくなります。BCMは、こうした変化を前提に「使える計画」を保ち続けるための実務です。
このような管理を支える仕組みとして、BCMS(事業継続マネジメントシステム)が用いられます。BCMSは、組織の状況(事業環境・利害関係者・対象範囲など)を踏まえて、方針・目標・手順・役割・訓練・評価を整備し、継続的改善につなげるためのマネジメントシステムです。
BCMは「IT業界で生まれた概念」と単純化されがちですが、実態としては、1970年代以降に拡大した技術的・運用上のリスクへの対応(例:ITの復旧・代替手段の確保)を起点にしつつ、危機管理の一領域として発展し、現在は組織全体のレジリエンス(回復力)を扱う枠組みとして定着してきた、という捉え方が近いです。
特に2000年代以降は、災害・感染症・地政学リスク・サプライチェーン断絶・サイバー攻撃など、停止要因が複合化しやすくなり、情報システムだけでなく、人的リソース、調達、物流、外部委託、拠点運用なども含めた「全社的なマネジメント」としてのBCMが重視されるようになりました。
BCMが必要とされる理由は、大きく分けて3つあります。
注意したいのは、「BCMがあればどんな緊急事態でも事業継続が保証される」という言い方は強すぎる点です。BCMは万能の保険ではありません。想定外を減らし、復旧の再現性を上げ、損失を最小化するための取り組みとして捉えるのが現実的です。
大規模災害や広域障害が発生すると、現場では「通常の手順が通らない」状態が起きます。BCMの役割は、こうした状況でも重要業務を維持するために、優先順位の判断基準と代替手段と指揮系統を、使える形で用意しておくことです。
たとえば、同じ「停電」でも、短時間の停電と長時間の停電では判断が変わります。通信が生きているのか、出社が可能なのか、在庫や原材料の供給が止まるのか、といった条件によって、取るべき行動は変わります。BCMでは、こうした条件分岐をあらかじめ洗い出し、最低限のサービスレベル(どこまで提供するか)を決め、実行可能性を確かめておきます。
企業の危機管理では、BCP(Business Continuity Plan)とBCM(Business Continuity Management)がセットで語られます。両者は似て見えますが、役割が異なります。
BCPは「計画(Plan)」そのものであり、想定されるリスクや中断に対して、どの業務を優先し、どの手順で、どの資源を使って継続・復旧するかを具体化したものです。
BCMは「計画を回す仕組み(Management)」であり、BCPを作って終わらせず、実行・訓練・評価・改善を継続的に行い、状況変化に耐える状態を維持するための管理です。ISO 22301が扱うのも、このBCMS(事業継続マネジメントシステム)という考え方です。
BCPが立派でも、現場が理解していなければ、緊急時に機能しません。逆に、体制だけあっても、具体的な手順や代替策がなければ動けません。BCPとBCMは、「内容」と「運用」として噛み合って初めて価値が出ます。
たとえば、BCPに「代替拠点へ切替」と書かれていても、誰がいつ判断し、何をもって切り替えるのか、切替に必要な権限・通信・手順・周知が整っていなければ、実行できません。BCMは、その“実行できる状態”を作る仕事です。
災害や障害が起きてBCPを発動する局面では、BCMが中心となって、判断と連携と復旧を回します。具体的には、次のような役割が現実的です。
ここで重要なのは、BCPは「手順書」ではあるものの、現実の事象は必ずしも手順通りに進まない点です。BCMは、手順を土台にしつつ、状況に合わせて優先順位を再調整し、現場の判断を支える枠組みとして機能します。
BCMには、BCPを「作りっぱなし」にしないための更新プロセスが含まれます。たとえば、次のようなタイミングは、BCPの見直し理由になります。
BCMは、リスク環境の変化を拾い、BCPを現実に合わせて更新し続けることで、危機時の対応力を底上げします。
BCMは「復旧のための大枠」ではなく、実務として運用できる要素の組み合わせで成立します。ここでは、BCMを組み立てる代表的な要素を整理します。
BCMを支えるBCMSでは、一般に次のような要素を整備します。
BCMSの考え方は、継続的改善(PDCA)と相性がよく、ISO 22301でもマネジメントシステムとしての運用・改善が重視されます。
BCMを「作って終わり」にしないためには、サイクルを意識して設計することが重要です。実務では次のような流れで回すと整理しやすくなります。
ここでのポイントは、計画(Plan)が完成しても、実装(Implement)と改善(Improve)を回せないと、実際の対応力は上がらないことです。
BCMの基礎になるのが、リスク評価とビジネス影響分析(BIA)です。
よくある失敗は、リスクを網羅しようとして「結局、全部が重要」という結論になることです。BCMは現実の資源制約の中で回すため、BIAでは「止められない業務」と「止まっても許容できる業務」を線引きし、復旧の順番を決めることが肝になります。
戦略は「復旧の考え方」を決める部分です。BCPの手順は戦略の具体化ですが、戦略が曖昧だと、手順も実行不能になります。代表的な戦略は次のように整理できます。
たとえば「縮退運用」を選ぶなら、縮退時に提供する機能、停止する機能、顧客への説明、社内の承認プロセスまで含めて決める必要があります。ここが曖昧だと、緊急時に合意形成ができず、復旧が遅れます。
BCMの取り組みには「正解が一つ」という性質がありません。だからこそ、一般的な基準として国際規格や認証制度が活用されます。ここでは代表例としてISO 22301を取り上げます。
ISO 22301は、事業継続マネジメントシステム(BCMS)に関する国際規格です。組織がBCMSを確立・実装・維持し、継続的に改善するための要求事項を示す規格として位置付けられています。
実務的には、ISO 22301を参照することで、BCMを「属人的な取り組み」から「仕組みとして回る取り組み」へ移しやすくなります。何を文書化し、どこを訓練し、どう評価し、どう改善するか、という観点が揃うためです。
第三者認証を取得するメリットは、単に「対外的にアピールできる」だけではありません。認証審査のプロセスを通じて、要求事項に照らした不足が見つかり、社内の改善につながる点が現実的な利点になります。
対外的には、取引先や委託元からBCMの状況を求められるケースもあるため、説明の枠組みとしても役立ちます。ただし、認証は目的ではありません。認証取得に寄せすぎて、現場で使えない手順書が増えると本末転倒なので、実行可能性を優先して設計することが重要です。
BCMの評価方法としては、内部レビュー(自己点検)と内部監査、そして第三者監査(外部審査)が代表的です。特に「訓練で見つかった課題を是正し、次の訓練で改善を確認する」という流れが作れると、BCMが形骸化しにくくなります。
評価の観点は、書類の整合性だけではありません。連絡網が実際に機能するか、代替手段が手順通りに動くか、意思決定が遅れないか、といった実行面の検証が重要です。
BCMは、担当部署だけが頑張っても回りません。意思決定者の関与、現場の理解、外部委託先との合意、必要な投資判断が噛み合って初めて機能します。
現実の導入では、「全社で完璧を作ってから回す」より、「重要領域から小さく回して改善する」方が成功しやすい傾向があります。BCMは“完成品”ではなく、回しながら育てるものだからです。
BCMを実務に落とすときは、「何から始めればいいか」が最大の壁になりがちです。ここでは、現場で迷いやすい部分を、手順として分解します。
BCMの実践は、概ね次の流れで進めると現実的です。
ここで大事なのは、初回から“完璧なBCP”を作ろうとしないことです。完璧を狙うほど、範囲が広がり、関係者が増え、合意形成に時間がかかります。まず回せるサイズで始め、訓練と改善で精度を上げる方が、結果として強いBCMになります。
訓練とテストは、BCMの「効く・効かない」を分ける核心です。机上訓練だけで満足せず、可能なら次のような確認を入れると、課題が具体化しやすくなります。
訓練で見つかるのは、手順の誤りだけではありません。「権限がない」「担当が不在」「前提条件が変わっている」といった運用課題が露出します。BCMはこれを拾って改善に繋げます。
BCMの難しさは、平時には優先度が下がりやすい点です。だからこそ、レビューの仕組みを“予定として固定”しておく必要があります。たとえば、組織変更や重要システム更改のタイミングでBCPの更新を必須にする、半年に一度は連絡訓練を行う、といった運用ルールがあるだけでも形骸化を防げます。
また、外部環境の変化(法制度、サイバー脅威、自然災害リスク、委託先の変更など)を拾う窓口を決めておくと、更新の抜け漏れが減ります。
BCMを改善していく上では、PDCAを「書類の更新サイクル」にしないことが重要です。PDCAの目的は、実行可能性を上げることです。
この循環が回ると、BCPは「紙」から「使える道具」に変わっていきます。ISO 22301の文脈でも、継続的改善はBCMSの中核として扱われます。
BCMは「必要性は分かるが、重い」と感じられやすい領域です。ここでは、導入時の論点を整理します。
企業が直面するリスクは多様で、しかも複合しやすいのが特徴です。自然災害や停電、設備障害、サイバー攻撃、委託先の停止、原材料の供給不足、感染症拡大、交通障害など、原因は異なっても「事業が止まる」という結果に収束します。
BCMの価値は、個別リスクの対策をバラバラに積み上げるのではなく、「重要業務を止めない」ために必要な共通要素(連絡・権限・代替・縮退・復旧)を整理し、優先順位を付けて整備できる点にあります。
導入を進める際は、次の順番にすると、現場の負担が増えにくくなります。
「書類を整えてから訓練」ではなく、「訓練して課題を見つけ、書類に反映する」くらいの順番の方が、形骸化しにくい運用になります。
BCM導入でつまずきやすい課題は、次の3つです。
BCMの今後は、「リスクの多様化・複合化」に加え、「外部依存の増加(クラウド、委託、サプライチェーン)」が大きなテーマになります。ITだけ強くしても、委託先や物流が止まれば事業は止まります。
そのため、BCMは危機管理の一要素に留まらず、事業設計・運用設計の品質として扱われる傾向が強まっています。訓練と改善を回し続ける企業ほど、平時の運用の弱点も見えやすくなり、結果的にレジリエンスが高まります。
BCPは事業継続のための具体的な計画で、BCMはBCPを訓練・評価・改善しながら維持する管理の仕組みです。
いいえ、人的リソース、拠点運用、委託先、物流なども含む全社的な取り組みです。
事業継続を実現するための方針・手順・役割・訓練・評価を整備し、継続的に改善するマネジメントシステムです。
完全に防ぐものではなく、停止の影響を最小化し、復旧の再現性を高めるための取り組みです。
業務が止まった場合の影響を見積もり、重要業務の優先順位と復旧目標を決めるために行います。
少なくとも定期的に実施し、連絡網や意思決定、代替手段が機能するかを確認して改善につなげるべきです。
事業継続マネジメントシステム(BCMS)を確立・維持・継続的に改善するための要求事項を定めた国際規格です。
対外的な信頼性の説明に使えるほか、審査を通じて不足を把握し改善につなげられます。
対象範囲を決め、重要業務を絞り込み、実行可能な代替策を選んだ上で、早めに訓練して改善を回すのが現実的です。
組織変更やシステム更改のタイミングで更新を必須にし、定期レビューと訓練の予定を固定することが有効です。