フォールトマスキング(Fault Masking)は、障害が起きても「利用者から見える結果」をできるだけ正しく保ち、サービス停止やエラー露出を最小化するための考え方です。たとえば、サーバーが1台故障しても別のサーバーで処理を続けたり、データの一部が壊れても冗長情報から復元して正しい値を返したりすることで、ユーザーは障害を意識せずに利用を続けられます。
ただし、フォールトマスキングは「障害を起こさない」技術ではありません。冗長化や整合性制御によって障害の影響を表面化させにくくする一方で、設計・運用の複雑化やコスト増、そして“隠れた障害が蓄積する”リスクも生みます。本記事では、フォールトマスキングの定義、代表的な実装パターン、適用の判断軸、導入時に失敗しやすい注意点まで整理し、読者が自社システムで採るべき手法を判断できる状態を目指します。
フォールトマスキングとは、コンピュータシステムでハードウェアやソフトウェアの障害(フォールト)が発生しても、利用者や上位の処理から見える影響をできるだけ小さくし、正しいサービス結果を返し続けるための技術・設計思想を指します。障害を検知したうえで処理を代替し、「結果として障害を表に出さない」ことを狙うのがフォールトマスキングです。
ここで混同されやすいのが、似た用語との違いです。
フォールトマスキングは「継続」を志向しますが、システムによっては「継続より安全」が優先されるため、フェールセーフと衝突する場合があります。どちらを優先すべきかは、業務要件とリスクで決まります。
フォールトマスキングの目的は、単に“止まらない”ことではなく、利用者に提供する価値(サービス品質)を維持することにあります。主に次の2点が中心になります。
ただし、可用性には「どこまでの品質で提供し続けるか」が含まれます。たとえば、完全な機能を維持できない場合に、縮退運転(機能を限定して継続)へ切り替えるのも現実的な手段です。重要なのは、障害時の振る舞いが事前に定義され、ユーザー影響が予測可能であることです。
フォールトマスキングは「冗長化すればOK」という話ではなく、障害を扱うための仕組みが複合的に必要になります。代表的な特徴は次の通りです。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 冗長化 | 故障しても代替できるように、コンポーネントやデータを複数用意する |
| 障害検知 | 故障・遅延・誤応答などを検知し、継続可否や切替判断につなげる |
| 隔離と切替 | 異常系を切り離し、健全な系へ処理を寄せる(フェイルオーバー、ルーティング変更など) |
| 整合性制御 | 複数系が存在する前提で、データの整合や重複実行(副作用)を制御する |
| 観測と復旧 | ログ・メトリクスで状態を把握し、復旧や原因究明につなげる |
フォールトマスキングは「冗長化+検知+切替+整合性」のセットで成立すると考えると、導入難易度と運用負荷を見誤りにくくなります。
企業活動の多くがITシステムに依存する現在、障害は「起きない前提」で設計しにくくなっています。理由は単純で、システムが複雑になり、外部依存(クラウド、API、SaaS、ネットワーク)が増え、障害要因を完全に排除するのが現実的ではないからです。
そのため、重要なのは「障害が起きることを前提に、影響を局所化し、ユーザー価値を守る設計をする」ことです。フォールトマスキングは、この考え方に沿って、停止やエラー露出を減らすための有力な手段として位置づけられます。
フォールトマスキングの実装は、システムの種類(Web、バッチ、基幹、分散DBなど)によって最適解が変わります。ここでは、共通して押さえるべき実装パターンを「何を守りたいか」という観点で整理します。
冗長化は土台ですが、冗長化の「単位」を誤ると効果が出ません。代表的な単位は次の通りです。
ここで重要なのは、単一障害点(SPOF)が残っていないかです。サーバーを2台にしても、DBが単一ならDB障害で止まります。逆に、全てを二重化するとコストと運用が跳ね上がります。守りたいSLO(稼働率、復旧時間、許容損失)を先に置き、必要な冗長度を決めるのが現実的です。
フォールトマスキングは「検知できない障害」を扱えません。検知は次の3層で考えると抜けが減ります。
回復手段も、場面で使い分けます。
検知→切替→復旧の“自動化”は効果が大きい反面、誤検知・過剰切替のリスクもあるため、閾値設計と観測(モニタリング)が欠かせません。
フォールトマスキングを“実感”しやすいのは、以下のようなパターンです。
| パターン | 狙い | 典型例 |
|---|---|---|
| フェイルオーバー | 故障系を除外し、健全系で継続 | Active-Standby、DBレプリカ切替 |
| N冗長+投票(多数決) | 誤応答を“結果”から排除 | 3重化(TMR)で2/3一致を採用 |
| 冗長データからの復元 | データ破損を隠蔽し正しい値へ | RAID、ECC、エラーレジリエンス |
| キャッシュ/読み取り縮退 | 依存先障害でも“最低限”提供 | 参照系をキャッシュで返す |
| 冪等性(べきとうせい) | 再試行しても副作用を増やさない | 同一リクエストIDで重複実行を防止 |
特に重要なのが冪等性です。フォールトマスキングの現場では、切替やリトライが発生しやすく、同じ処理が二重に走る可能性があります。冪等性の設計が弱いと、「止まらないが二重請求が起きる」のように、別の重大事故を招きます。
原稿では「フェールセーフ設計の適用」を実装要素として挙げていますが、ここは注意が必要です。フェールセーフは「安全側に倒す」考え方であり、必ずしもマスキング(継続)と一致しません。
実務では次のように整理すると判断しやすくなります。
たとえば、決済・権限・監査などは「誤動作で継続する」ことがリスクになるため、フェールセーフ寄りになります。一方、参照系や社内ポータルなどは、縮退しつつ継続できる余地が大きい、というように、機能ごとに優先順位を分けるのが現実的です。
フォールトマスキングは、テストしない限り、本番で“初めて”動くことが起きがちです。特に、切替系は平常時に使われないため、動作保証が崩れやすい領域です。次の観点で検証を組み立てると実効性が上がります。
「切り替わること」だけでなく、「切り替わった後に正しく運用できること」まで含めて検証するのがポイントです。
フォールトマスキングの最大の利点は、障害を前提としてもサービスを継続できる点です。ユーザーにエラーや停止を見せにくくなるため、業務中断や機会損失を抑えられます。
ただし「大幅に向上する」と言い切るには前提があります。効果は、SLO設計、監視、切替の品質、整合性制御(冪等性など)が揃って初めて安定します。冗長化だけ導入して運用が追いつかない場合、かえって障害が増えたように見えることもあります。
フェイルオーバー、自動復旧、縮退運転などにより、停止時間(ダウンタイム)を短縮できます。特に24時間稼働が求められるサービスでは、ダウンタイムを減らす価値は大きくなります。
ただし「ゼロダウンタイム」を目標にすると、急激にコストと複雑性が増えます。目標は「どこまでを許容し、どこからが許容できないか」を数値(稼働率、RTO、RPOなど)で合意したうえで、段階的に高めるのが現実的です。
フォールトマスキングの代償は、構成要素が増え、状態管理や整合性の課題が増えることです。代表的には次のコストが発生します。
また、複雑な構成は、障害時の切り分けを難しくし、復旧を遅らせることがあります。導入の際は「複雑さに見合う価値がある範囲」を決めるのが重要です。
フォールトマスキングは万能ではありません。たとえば次のようなケースでは効果が限定的になります。
また、マスキングで“表に出ない障害”が続くと、根本原因の把握が遅れ、ある日まとめて破綻することもあります。フォールトマスキングは「隠す」だけで終わらず、観測と復旧、原因分析の運用とセットで成立します。
フォールトマスキングは、障害が起きてもユーザーに見える影響を最小化し、サービス継続を目指すための設計思想です。冗長化、障害検知、切替、整合性制御(冪等性など)を組み合わせることで、停止やエラー露出を抑えられます。
一方で、導入はシステムを複雑にし、開発・運用コストを増やします。また、共通要因障害や論理障害など、マスキングでは防ぎきれない限界もあります。自社のSLOやリスク許容度を踏まえ、どの範囲に、どの冗長度で適用するかを定め、テストと運用設計まで含めて段階的に導入することが重要です。
障害が起きても利用者から見える影響を最小化し、できるだけ正しい結果でサービスを継続するための技術・設計思想です。
フォールトトレランスは障害を許容して継続する総称で、フォールトマスキングはその中でも「影響を表に出さない」ことを狙う実現手段の一つです。
含まれる場合があります。故障系を除外して健全系へ切り替え、ユーザー影響を抑える動きはフォールトマスキングの代表的な構成要素です。
必ずではありません。検知、切替、整合性制御、運用手順が揃わないと、冗長化しても停止や誤動作が起きます。
冗長化、障害検知、切替、冪等性などの整合性制御、そして監視と復旧運用です。
構成と運用が複雑になり、コストが上がり、切り分けや保守が難しくなる点です。
できません。共通要因障害や論理障害、災害規模の障害などは影響を受けやすく、別の対策も必要です。
要件次第で両立しますが、異常時に「継続」より「安全」を優先すべき機能もあるため、機能ごとに優先順位を分けて設計します。
障害注入で切替や復旧を再現し、ユーザー影響、整合性、復旧後の再参加まで確認するテストです。
稼働率などの目標、許容できない影響、復旧時間、データ損失許容、運用体制とコストを踏まえて適用範囲を決めます。