社内システムをはじめとするITシステムの業務利用に加え、近年はSaaSなど外部クラウドサービスを組み合わせて使うことが当たり前になりました。その一方で、従来どおりのID/パスワード中心の認証は、攻撃手法の高度化や利用サービスの増加により、セキュリティと利便性の両面で限界が指摘されるようになっています。
パスワードを「覚える」「入力する」「更新する」運用は、使い回しや漏えいが起こりやすく、結果としてフィッシングなどの攻撃に狙われやすい構造を持ちます。そこで注目されているのが、公開鍵暗号をベースにパスワード依存を減らす「FIDO(ファイド)認証」です。
この記事では、FIDO認証の概要、仕組み(技術的な前提を含む)、FIDO2とパスキーの位置づけ、メリット・注意点、導入・移行の実務ポイントまでを順番に解説します。
FIDO(Fast IDentity Online:ファイド)認証は、パスワードに依存しない(またはパスワード依存を大きく減らす)オンライン認証の普及を目的に、FIDOアライアンスが策定・推進する標準規格群です。特定ベンダーに閉じた方式ではなく、ブラウザ・OS・認証器(Authenticator)・サービスが相互運用できることを重視して設計されています。
FIDOの本質は、サーバー側に「なりすましに直結する再利用可能な秘密(共有秘密)」を置かない点にあります。パスワード認証は「利用者が知っている秘密をサーバーと共有する」仕組みのため、漏えい・推測・使い回し・フィッシングといった問題を構造的に抱えます。
FIDOでは、サービス側が保持するのは原則として公開鍵であり、利用者側(端末内蔵の認証機能やセキュリティキーなどの認証器)が秘密鍵を保持します。公開鍵は秘密情報ではないため、仮に漏えいしても「それだけでログイン可能になる」性質ではありません。攻撃者が奪いたい“入力される秘密”が存在しないため、フィッシングに強い設計になります。
FIDOは「暗号化して復号する」方式ではなく、秘密鍵で署名し、公開鍵で検証する方式(デジタル署名)を中心に動きます。これにより、サービスは「登録済みの鍵を持つ認証器が、いま提示したチャレンジに対して正しく応答した」ことを確認できます。
FIDOアライアンスは、オンライン認証の標準化と普及を目的とする業界団体です。仕様策定に加え、相互運用性を担保するための認証プログラムや、導入を後押しするガイド類の公開も行っています。近年は「パスキー(passkeys)」の普及支援も、重要な取り組みのひとつになっています。
パスワードは導入しやすい一方で、攻撃者の狙い所が明確であり、運用が破綻しやすい要素でもあります。
結果として「弱いパスワード」「使い回し」「再利用」が起こりやすく、攻撃者にとって突破しやすい条件が整ってしまいます。多要素認証(MFA)で補強しても、フィッシングの巧妙化により、ワンタイムコードの窃取やリアルタイム中継など別の問題が残ることもあります。
従来の方式は、ユーザーが入力したパスワードをサーバー側の情報と照合し、一致すれば認証成功とします。この方式では「入力される秘密」が攻撃対象になり、漏えい時の影響が大きくなります。
安全運用のためにパスワードのハッシュ化やストレッチング等の対策は行えますが、どこかに“照合の基準”が存在する以上、漏えい時のリスクはゼロにできません。また、利用者が使い回す限り、単一サービスの漏えいが別サービス侵害に波及します。
FIDO認証では、ユーザー側の認証器が秘密鍵を保持し、サービス側は対応する公開鍵を保持します。ログイン時は、サービスが提示するチャレンジ(使い捨ての要求)に対して認証器が署名し、サービスは公開鍵で署名を検証します。
重要なのは、秘密鍵がサーバーにもネットワークにも出てこないことです。パスワードのように「入力される秘密」を盗む攻撃(典型的にはフィッシング)に対して構造的に強くなります。
FIDO2(WebAuthn)では、認証要求が「どのWebサイト(オリジン)に対するものか」という文脈と結びつきます。攻撃者が偽サイトで認証を誘導しても、正規サイト向けの認証として成立しにくい設計になっています。つまり、利用者が“入力して渡す秘密”ではなく、正規の文脈に紐づいた署名で成立する点が、耐性の源泉です。
FIDO関連は大きく「FIDO1系」と「FIDO2系」に分けて理解すると、全体がつかみやすくなります。
UAF(Universal Authentication Framework)は、生体認証などによるパスワードレス認証を想定した仕様です。現在のWeb環境では、主要ブラウザやOSで標準対応が進んだことから、企業導入の主軸はFIDO2やパスキーに移っています。
U2F(Universal 2nd Factor)は、パスワードに対する強固な追加要素としてセキュリティキー等を使うことを想定した仕様です。考え方や運用の多くは、FIDO2(WebAuthn/CTAP)へ引き継がれています。
FIDO2は、Webでの相互運用を強く意識した標準規格群で、代表的な構成要素としてWebAuthn(Web側API)とCTAP(クライアントと認証器のプロトコル)が位置づけられます。
企業の認証基盤やSaaSで「FIDO2対応」「WebAuthn対応」「パスキー対応」と表現されるものは、多くがこの枠組みで理解できます。
認証器とは、秘密鍵を保持し、署名を実行する主体です。形態としては大きく次の2つに分かれます。
どちらを採用するかで、利便性、配布・回収、紛失時の影響、利用できる端末の制約が変わります。企業は「誰が」「どの端末で」「どこへ」アクセスするのかを踏まえて選択します。
FIDO認証の一般的な実装では、生体情報そのものがサービスへ送られるのではなく、端末(認証器)内部で本人確認に使われます。サービスが受け取るのは署名結果などであり、生体の原データを収集する設計ではありません。とはいえ、製品・実装・運用条件により説明が揺れる場合があるため、導入時は仕様確認が必要です。
FIDOでは「利用者が操作した」ことの確認(存在確認)と、「本人である」ことの確認(検証)が区別されます。たとえば、外付けキーでボタンを押すのは存在確認、PINや生体認証でロック解除して署名するのは本人確認に相当します。企業要件では「本人確認(検証)必須」にするかどうかが、セキュリティ強度と運用を左右します。
近年よく見かける「パスキー」は、FIDO2(WebAuthn/CTAP)を利用者に分かりやすい体験として提供する呼称・取り組みとして使われることが多い言葉です。実務上は「FIDO2で実現するパスワードレス(またはパスワード依存の大幅削減)」を指すことが多く、導入・普及に向けた情報もそろっています。
パスキーは「複数端末で使える」体験が注目されますが、その実現方法によりリスクモデルや運用が変わります。
企業としては「利便性の最大化」と「復旧経路の安全性(アカウント乗っ取り耐性)」を両立させる観点で、採用範囲を決めることが現実的です。
パスワードのような共有秘密を前提にしないため、漏えい・使い回し・フィッシングなど、パスワード起因のリスクを大幅に低減できます。特に「認証情報を入力させて盗む」タイプの攻撃に対して、構造的な強さがあります。
パスワードの記憶・入力・更新に伴う手間が減り、ログイン体験が改善します。多数のSaaSを使う環境ほど「小さな手間の総量」が大きいため、業務効率やストレス軽減の効果が積み上がりやすくなります。
「パスワード忘れ」「リセット」「ロック解除」「定期変更」といった運用を、方針次第で減らせます。ただし、運用負荷がゼロになるわけではなく、代わりに「端末紛失・交換時の復旧」が重要課題になります。
FIDO2は標準化が進み導入しやすくなりましたが、実務上は認証器の配布・紛失・交換・退職時回収・例外対応などの運用設計が不可欠です。特に外付けセキュリティキー採用時は在庫・配布・予備・破損対応まで含めた設計が必要になります。
主要SaaSや認証基盤では対応が進む一方、すべての業務アプリが同じレベルで対応しているとは限りません。レガシーな社内アプリでは、SSO経由、プロキシ/ゲートウェイ経由、段階移行など別途の移行設計が必要になることがあります。
「パスワードを覚えない」代わりに、「認証に使う端末やキーが使えない」ケースへの備えが必須です。予備手段(バックアップキー、別端末登録、代替ログイン手段、ヘルプデスク手順、復旧ポリシー)を用意しないと、業務停止につながりやすくなります。
FIDOが強いのは「盗まれやすい入力秘密」の問題です。一方で、端末自体の侵害、マルウェア、セッション奪取、ブラウザ拡張の悪用、端末管理不備といったリスクは別系統として残ります。端末管理(MDM/EDR等)、条件付きアクセス、ログ監視などと組み合わせて設計することが現実的です。
パスワードレス化が進むほど、攻撃者は「認証」ではなく「復旧」を狙います。本人確認が弱い復旧手段(メールだけ、SMSだけ、安易なコールセンター手順など)は、全体の強度を下げます。復旧時の本人確認と承認の設計は、導入前に最優先で固めるべきポイントです。
いきなり全社・全アプリを置き換えるのではなく、高リスク領域(管理者アカウント、重要SaaS、特権操作、リモートアクセス)から段階的に進めるのが一般的です。まずは「最も守りたい入口」を明確にし、その入口の認証を強固にするところから始めます。
FIDOは単体で完結するというより、ID基盤(IdP)やアクセス制御と組み合わせて効果が出ます。既存のSSO構成(SAML/OIDC等)を踏まえ、「IdPログインをFIDO化する」のか、「各サービスで個別にFIDOを使う」のかを考え分けましょう。一般に、運用をそろえる観点では「IdPのログイン強化」を起点にするほうが設計しやすい場合が多いです。
端末紛失・機種変更・故障・入退社・一時的な利用不能といった現実のイベントに耐える設計が、導入成功の分かれ目です。ヘルプデスク対応の標準手順、予備手段の配布方針、本人確認の方法、承認フロー、監査ログの残し方まで、導入前に具体化しておくことを推奨します。
プラットフォーム認証器は利用者体験が良い一方、端末管理や復旧設計が重要になります。外付けセキュリティキーは強度と互換性の面で有利な場合がありますが、配布・紛失・予備運用が課題になります。現場要件(共有端末の有無、持ち出しの有無、出張、工場/現場など)から逆算し、複数方式の併用も含めて検討します。
パスキーは導入・展開の情報が整備されている一方、運用の成否は復旧経路の設計に左右されます。同期型の利便性を活かす場合でも、アカウント保護(強固な本人確認、管理者統制、監査)を含めて全体としての安全性を担保することが重要です。
FIDO認証は、パスワードが抱える「盗まれる」「使い回される」「管理が破綻する」といった問題に対し、公開鍵暗号(署名)を用いた設計で根本的な改善を狙う認証技術です。特にFIDO2(WebAuthn/CTAP)とパスキーの普及により、パスワードレスの実現性が高まっています。
一方で、導入には認証器の選定と運用、復旧手順、対応範囲の見極めが欠かせません。自社の業務環境・リスク・既存のID基盤を踏まえ、入口の優先度を付けて段階導入することで、失敗を避けながらパスワード依存を減らしていけます。
運用設計と対象システムによります。FIDOはパスワードレスにも、パスワードに加える強固な追加要素にも使えます。まずは重要アカウントから段階的にパスワード依存を減らす進め方が一般的です。
同義ではありませんが、実務上は近い関係で扱われることが多いです。パスキーはFIDO2を利用者に分かりやすい体験として提供する呼び方として使われることがあり、導入情報も整理されています。
パスワードのように入力して渡す共有秘密がなく、登録済みの秘密鍵で署名して公開鍵で検証する方式だからです。偽サイトで秘密を盗む攻撃が成立しにくい設計になります。
一般的には送られません。本人確認は端末や認証器の内部で行い、サービス側は署名の検証結果などを受け取ります。導入時は製品や実装の仕様を確認してください。
スマートフォンやPCに内蔵された認証機能、またはUSBやNFCなどの外付けセキュリティキーが認証器になります。利用環境により適した形態が異なります。
予備手段がなければ業務影響が出る可能性があります。バックアップキーや別端末登録、復旧手順と本人確認を事前に設計しておくことが重要です。
必ずしも使えません。SaaSは対応が進む一方、レガシーな社内アプリは対応が難しい場合があります。SSO経由などの段階移行を検討することがあります。
パスワード忘れやリセット対応は減らしやすい一方、端末紛失や機種変更の復旧対応が増える可能性があります。復旧フローを標準化できるかがポイントです。
FIDOは認証強化の有力な要素ですが、それだけでゼロトラストが完結するわけではありません。端末管理、アクセス制御、監視やログと組み合わせて設計します。
対象範囲の決定と復旧手順の設計から始めるのがおすすめです。そのうえでIdPやSSOとの統合方針を固め、重要領域から段階導入すると失敗しにくくなります。