近年、ファイルレス攻撃によるセキュリティ侵害が増えています。ファイルを落とさず、OSや正規ツールの機能を悪用して攻撃が進むため、従来の「怪しいファイルを見つけて止める」発想だけでは見落としが起きやすいのが特徴です。本記事では、ファイルレス攻撃の仕組み・典型的な流れ・検知が難しい理由を整理したうえで、企業が現場で実装しやすい対策まで具体的に解説します。
ファイルレス攻撃とは、マルウェアなどの不正な実行ファイルを「ディスクに保存して実行する」工程を最小化し、OSや正規ツール、既存機能(スクリプト実行環境や管理機能など)を悪用して侵入・実行・横展開を行う攻撃手法の総称です。なお「ファイルレス」といっても、攻撃の全工程で一切の痕跡が残らないわけではありません。ディスク上の新規ファイルが少ない一方で、プロセスの実行履歴、PowerShellのログ、認証ログ、レジストリやスケジュールタスクなど、別の場所に“痕跡”が残ることが多い点が重要です。
ファイルレス攻撃は、従来のマルウェアを用いた攻撃と比べて、「新規の不正ファイルを作って実行する」依存度が低い攻撃です。攻撃者は、OSやアプリケーションに既に存在する正規のプログラム(例:PowerShell、WMI、rundll32.exe、regsvr32.exe、mshta.exe など)や、管理機能、スクリプト実行環境を利用して、検知されにくい形で操作を進めます。
実務的には、次のような状態が起きていると「ファイルレス寄り」の攻撃と判断されやすくなります。
従来のマルウェアを用いた攻撃では、不正なファイル(EXEやDLLなど)をシステムに侵入させ、実行することで攻撃が行われていました。そのため、ファイルのハッシュ値や既知パターン(シグネチャ)を使った検知が一定の効果を発揮しました。
一方、ファイルレス攻撃では、以下のような手法が組み合わされます。
これらの手法により、「怪しいファイルを見つける」だけでは捕まえにくく、挙動(プロセス、権限、通信、ログ)で判断する必要が増えます。
ファイルレス攻撃が注目される主な理由は、単に“高度”だからではなく、企業の運用と相性がよい形で悪用されやすい点にあります。
この結果、従来の“端末にAVを入れておけば大丈夫”という発想だけでは不十分になり、端末の挙動監視・ログの可視化・権限設計・運用手順まで含めた対策が求められます。
ファイルレス攻撃の概念自体は新しいものではありません。以前から「正規機能の悪用」「メモリ上での実行」は存在していましたが、近年はクラウド利用の拡大、リモートワークの一般化、侵入後の横展開や情報窃取の“手順化”により、攻撃の実用性が一段上がっています。以下は変遷を大づかみに整理したものです(年代は目安です)。
| 時期 | 傾向 |
|---|---|
| 2000年代後半〜 | 「ファイルに依存しない実行」「正規機能の悪用」が攻撃の選択肢として整理される |
| 2010年代〜 | PowerShell等のスクリプト実行環境が攻撃に広く悪用され、運用側は“許可しつつ監視する”難しさに直面 |
| 2020年代〜 | 初期侵入から横展開・認証情報窃取・データ持ち出しまでの手順が多様化し、EDRやログ基盤を前提にした防御が一般化 |
今後も「業務で使う正規機能」の範囲が広がるほど、悪用の余地も増えます。企業は“最新の脅威”を追うだけでなく、侵入後に何が起きたら困るのか(守るべき資産)から逆算して、検知と封じ込めの設計を固めることが重要です。
ファイルレス攻撃は「特定の1手口」ではなく、複数の要素が連鎖して成立します。ここでは、現場で状況をイメージしやすいように、よくある流れを段階化して整理します。
初期侵入の入口は、ファイルレス攻撃だからといって特別ではありません。むしろ一般的な入口から始まることが多いです。
ここで重要なのは、攻撃者が「何かを実行させる」足場を得ることです。実行された“最初の処理”が軽量で、すぐにメモリ上で次の処理を呼び出す設計になっていると、ディスク上の痕跡が薄くなります。
侵入後は、正規ツールを使って追加の処理を呼び出したり、管理機能を悪用して情報収集や横展開を行ったりします。代表例として、PowerShellやWMIなどが挙げられます。
例えば、PowerShellは本来、管理自動化や運用に欠かせない一方で、攻撃者にとっても「スクリプト実行」「外部取得」「メモリ展開」をまとめて行いやすい手段になり得ます。WMIも、資産管理などの用途で使われるため、通信や実行が“業務に見える”形になりやすいのが特徴です。
侵入直後の権限は限定的であることが多いため、攻撃者は権限昇格や認証情報の取得を狙います。ここが成功すると、横展開や重要データへのアクセスが一気に容易になります。
対策上は、「誰が」「どの端末から」「どの権限で」「何にアクセスしたか」を追える状態(ログと可視化)があるかが鍵になります。ファイルが少なくても、認証ログやプロセス起動、通信の異常が“兆候”として現れやすいからです。
目的は攻撃者によって異なりますが、典型的には以下の方向に進みます。
「ファイルレス=何も残らない」と捉えると、この段階での兆候を見落としやすくなります。実際には、管理機能の利用痕跡、認証の失敗増、深夜帯の権限変更、通常と異なる通信先など、複数の断片が残ることが多い点を押さえておきましょう。
ファイルレス攻撃は、従来のマルウェアを用いた攻撃とは異なる手法で行われます。以下では、ファイルレス攻撃の主な手口と特徴について解説します。
ファイルレス攻撃の代表的な手口は、メモリ上で直接コードを展開して実行する方法です。この手法では、ディスクに“本体”を残さない、または残しても短時間で消すことで、ファイルベースの検知をすり抜けようとします。
ただし、メモリ実行でも完全に不可視になるわけではありません。プロセスの親子関係(どのプロセスがどれを起動したか)、不自然なコマンドライン、通常業務では起きにくいネットワーク通信など、挙動としての違和感が手がかりになります。
攻撃者は、正規のプロセスにコードを注入し、その中で不正処理を実行する手法も用います。これにより、見かけ上は“信頼されたプロセス”が動いているように見えます。プロセスメモリへのコード注入や、DLLインジェクションといった手法が使われることがあります。
運用面では、単に「プロセス名が正しいか」ではなく、「どのユーザー権限で」「どこから起動され」「どんな通信・権限操作をしたか」まで見ないと判断できません。ここでEDRや監査ログの重要性が上がります。
PowerShellやJavaScriptなどのスクリプト言語を悪用した攻撃も一般的です。攻撃者は正規のスクリプト実行環境を利用して、悪意のある処理を実行します。スクリプトはメモリ上で実行されやすく、ファイルとしての痕跡が薄くなりがちです。また、スクリプトは改変が容易なため、亜種の作成が容易という特徴があります。
注意したいのは、「PowerShellを禁止すれば解決」という単純な話ではない点です。業務自動化で必要なケースもあるため、現実的には“許可しつつ、ログを取り、危険な実行形態を抑止する”設計が求められます。
ファイルレス攻撃では、OSに内蔵されているツールやソフトウェアを悪用するケースもあります。攻撃者は、PowerShellやWMIなどの管理ツール、あるいは正規の実行バイナリを不正に利用し、システムを侵害します。正規の用途で使われるため、悪用されていても“日常の運用”に紛れやすいのが特徴です。
対策のポイントは、「使わせない」ではなく「使われ方を制御する」ことです。例えば、管理者権限の濫用を抑え、スクリプト実行の監査を有効化し、業務上必要な範囲に絞って許可するといった発想が現実的です。
ファイルレス攻撃は、従来のマルウェアとは異なる手法で行われるため、検知と防御が難しくなります。ここでは、検知が難しい理由を整理し、現場で取りやすい対策を具体化します。
ファイルレス攻撃は、ファイルを作成せずにメモリ上で直接実行されることがあるため、従来のシグネチャベース中心のアンチウイルスでは拾いにくいという特徴があります。また、正規ツールの悪用や、正規プロセスへの注入が絡むと、単純に“怪しいファイル”を基準に判定できません。
さらに現場では、次の事情が検知を難しくします。
シグネチャベースのアンチウイルスは、既知のパターンを元に検知するため、未知の脅威や亜種への対応が後追いになりやすいという課題があります。加えて、ファイルを残さない(または短命な)手口が中心になると、そもそも検査対象が少なくなります。
このため、アンチウイルスが無意味という話ではなく、「ファイル検知だけに期待すると取りこぼす」という意味で限界があります。防御の主戦場が“挙動・権限・通信・ログ”に移っている、と捉えるのが実務的です。
ファイルレス攻撃に対抗するためには、端末上の挙動を継続的に追える仕組みが重要です。EDRは、エンドポイントにおける不審な挙動を検知し、隔離・遮断・調査につなげるための基盤として機能します。
EDRが有効になりやすい理由は、ファイルがなくても「異常なプロセス連鎖」「不自然なコマンドライン」「権限変更」「通常と異なる通信先」など、挙動としての兆候を捉えられるためです。加えて、調査時には“いつ、どの端末で、何が起きたか”を時系列で追えることが、封じ込めの速度に直結します。
EDRは強力ですが、単体で万能ではありません。実務では、端末・サーバ・認証・ネットワークのログが“つながって”初めて判断できるケースが多いからです。例えば、次のような観点でログと監視を整えると、ファイルレス攻撃の発見確率が上がります。
重要なのは「ログを集める」だけで終わらせず、アラートの設計(何が起きたら通知するか)と、初動手順(通知を受けたら何を確認するか)まで含めて運用に落とすことです。
ファイルレス攻撃に対処するには、EDRの導入だけでなく、複数の対策を組み合わせる必要があります。以下は、企業が実装しやすい順に整理した対策例です。
これらは“全部やらないと意味がない”という話ではありません。自社の環境と守るべき資産に合わせて、攻撃の流れ(入口→実行→権限→横展開→目的達成)のどこを止めるかを明確にし、優先順位をつけて整備するのが現実的です。
ファイルレス攻撃は、検知しにくい一方で、対策の考え方が特殊というわけではありません。むしろ「侵入を前提に、被害を広げない」「兆候を拾って早期に封じ込める」という姿勢が重要になります。ここでは、実務で迷いやすいポイントを補いながら、備え方を具体化します。
防御の第一歩は、従業員のセキュリティ意識を高めることです。フィッシングを起点にした侵入は今も多く、従業員が“最初の実行”を避けられるかが被害を左右します。
ポイントは「知識を教える」だけでなく、行動に落ちる形にすることです。例えば、怪しいメールを見分ける観点を共有するだけでなく、報告先と手順(誰にどう連絡するか)、誤ってクリックした場合の初動(ネットワーク切断や連絡先など)までセットで周知すると、実務で機能しやすくなります。
ファイルレス攻撃の検知には、システムの監視とログ分析が欠かせません。EDRを導入して端末の挙動を見える化し、認証ログやネットワークログと合わせて異常を早期に見つけることが効果的です。
ただし、ログは“取るだけ”だと積み上がる一方です。現場で回る形にするには、以下のように運用を小さく始めるのが現実的です。
ゼロトラストは、ネットワーク内の全てを信頼せず、常に認証と検証を行う考え方です。ファイルレス攻撃は侵入後の横展開で被害が拡大しやすいため、「侵入されても広げない」設計が効きます。
ここで誤解されやすいのは、ゼロトラストが“製品を入れれば完成”というものではない点です。実務では、次のような観点を段階的に整えることで効果が出ます。
被害を最小化するには、発生時に“迷わず動ける”体制が必要です。インシデント発生時の対応手順、関係者の役割分担、判断基準(止める/隔離する/業務継続を優先する)を事前に決めておくことが重要です。
特にファイルレス攻撃は、調査の手がかりが「ファイル」ではなく「ログ」や「挙動」に寄るため、ログの保全、端末隔離、アカウント停止などの判断を早く行えるかが分かれ目になります。訓練(机上演習でも可)を定期的に行い、手順が“実際に機能するか”を確認しておくと、現場での初動が安定します。
ファイルレス攻撃は、不正ファイルに依存せず、メモリ上の実行や正規ツールの悪用によって侵入後の操作を進める手法です。そのため「怪しいファイルを検知する」だけでは見落としが起きやすく、端末の挙動、認証、ネットワーク、ログの相関で判断する必要があります。企業は、EDRの活用、ログと監視の設計、権限管理、入口対策、ネットワーク分離、インシデント対応手順の整備を組み合わせ、侵入を前提に被害拡大を防ぐ体制を整えることが重要です。
いいえ。新規ファイルが少ないだけで、プロセス実行、認証、通信、設定変更などの痕跡は残ることが多いです。
防御の一部にはなりますが、ファイル検知に依存すると取りこぼしが起きやすいため、挙動監視やログ活用を併用する必要があります。
解決ではなく強化です。EDRに加え、権限設計、ログ統合、入口対策、初動手順まで含めると効果が安定します。
一律禁止は業務影響が出やすいです。必要最小限に絞り、監査ログを有効化し、危険な実行形態を抑止する運用が現実的です。
フィッシング、公開サービスの脆弱性悪用、認証情報の窃取など、一般的な入口から始まることが多いです。
上がりません。アラート設計と初動手順がセットになって初めて、ログが防御に役立ちます。
有効です。侵入を前提に、アクセス条件の厳格化や横展開抑止の設計が被害拡大を防ぎます。
あります。脆弱性対策、権限の棚卸し、MFA、入口対策、ログの“見る観点”の絞り込みから始めるのが効果的です。
初動手順と役割分担です。端末隔離、アカウント停止、ログ保全を迷わず実行できる状態が重要です。
入口→実行→権限→横展開→目的達成のどこを止めるかを決め、守るべき資産から逆算して段階的に整備します。