ファイルレスマルウェアは、従来の「悪意ある実行ファイルを端末に保存して動かす」タイプとは異なり、端末上に分かりやすい“マルウェアファイル”を残さずに侵入・実行・活動する攻撃の総称です。PowerShellやWMIなどの正規機能(いわゆる“Living off the Land”)を悪用し、メモリ上で実行されるケースも多いため、シグネチャ中心の検知では見逃しやすく、発見が遅れると被害が拡大します。
本記事では、ファイルレスマルウェアの定義と特徴、代表的な感染経路、企業が取り得る対策、そして対策上の課題を整理し、読者が自社の防御方針を判断できるように解説します。
ファイルレスマルウェアとは、端末に「実行ファイル(.exeなど)を保存して起動する」形に依存せず、正規機能の悪用やメモリ内実行を中心に活動する攻撃手法・マルウェアを指します。なお「完全にファイルを使わない」ケースだけではなく、ログやフォレンジック上で追いにくい形で一時ファイル・スクリプト・レジストリ・タスクなどを使うこともあり、実務上は“ファイル痕跡が薄い攻撃”として捉えるのが現実的です。
ファイルレスマルウェアは、一般に端末のディスク上に明確なマルウェア実行ファイルを残さず、OS標準機能や正規プロセスを悪用しながら、メモリ上のコード実行・スクリプト実行・正規ツールの連鎖実行によって攻撃を成立させるもの、と整理できます。
従来型は「不審なファイルを検知して隔離する」モデルが中心でした。一方、ファイルレスは「不審な挙動(プロセスの親子関係、スクリプト内容、権限昇格、横展開、外部通信、認証情報の不正利用)」を捉える必要があり、検知の主戦場が“ファイル”から“ふるまい”へ移る点が重要です。
| 観点 | ファイルレスマルウェア(ファイル痕跡が薄い攻撃) | 従来型マルウェア(ファイル中心) |
|---|---|---|
| 侵入・実行の形 | PowerShell/WMI/正規プロセス悪用、メモリ内実行が多い | 悪意ある実行ファイルを保存して起動することが多い |
| 検知ポイント | 挙動・ログ・スクリプト・プロセス連鎖・権限利用 | ファイルのシグネチャ、ハッシュ、既知パターン |
| 痕跡 | 短命なプロセス・メモリ内コード・正規ツールのログに残る | ファイルや永続化用ファイルが残りやすい |
| 対応の中心 | EDR、ログ監視、権限制御、攻撃面の縮小 | アンチウイルス、ファイル隔離、IOCベースの対応 |
ファイルレスマルウェアの脅威は、「検知が難しい」こと自体にあります。感染が短時間で終わる場合でも、初動で止められないと、認証情報の窃取・横展開・データ持ち出し・暗号化(ランサムウェア)などに発展し得ます。
また、正規ツールを使う攻撃は「誤検知を避けるために検知閾値を上げる」とすり抜けやすくなり、逆に「強く検知すると業務影響が出る」というジレンマも生みます。したがって、対策はアンチウイルス単独ではなく、ログ整備・権限設計・挙動検知・運用手順を含めた多層防御が前提になります。
ファイルレスマルウェアは「ファイルを落とさない」だけで、侵入の入口そのものは一般的な攻撃と重なります。代表的には、脆弱性悪用、メール起点、正規ツール悪用、認証情報の不正利用などです。重要なのは、侵入後に“見えにくい実行”へ移行する点です。
攻撃者は、ブラウザ、Office、VPN装置、サーバーソフトウェアなどの脆弱性を悪用し、端末・サーバー上でコードを実行します。この段階で、ペイロードをファイルとして保存せず、メモリ内に注入して動作させることで、検知を回避しやすくなります。
脆弱性を放置すると侵入確率が上がるため、資産棚卸し → パッチ適用の優先順位付け → 適用状況の可視化が基本です。特にインターネット露出資産(VPN、リモート管理、Web公開サーバー)は優先度が高くなります。
ファイルレス攻撃では、正規プロセスにコードを注入したり、スクリプトが外部から取得したコードをメモリ上で実行したりする手法が使われます。ディスク上の痕跡が薄い代わりに、プロセスの不自然な親子関係や通常と異なる外部通信、資格情報へのアクセスといった“挙動”が兆候になります。
PowerShellやWMIは本来、管理・運用に便利な仕組みです。しかし攻撃者は、これらを使って端末内でコマンドを実行したり、遠隔から横展開したりします。
重要なのは「使えること」自体ではなく、誰が・どの端末で・どの権限で・何を実行したかを追える状態にすることです。監視と制御が不十分だと、正規機能がそのまま攻撃基盤として利用されます。
メール起点の攻撃では、リンク誘導、添付ファイル、偽ログインページなどを通じて、認証情報の詐取や初期実行が行われます。ここでも「ファイルを落とす」より、「認証情報を奪って正規ログインする」「正規ツールで実行する」方向に寄ると、ファイルレスの性格が強くなります。
対策としては、ユーザー教育だけでなく、メールセキュリティ、URLフィルタリング、MFA、条件付きアクセス、権限最小化など、“騙される前提”で被害を局所化する設計が現実的です。
ファイルレスマルウェア対策は「ファイル検知の強化」だけでは足りません。攻撃面を減らし、挙動を可視化し、侵入後の横展開と持ち出しを止める――という観点で、段階的に対策を組み合わせます。
脆弱性の悪用は、ファイルレス攻撃の代表的な起点です。定期的なアップデートは当然として、実務では「どの資産に、どのバージョンが、どの程度残っているか」を把握できないと、更新が形骸化します。
資産管理(台帳)とパッチ管理を結びつけ、重大な脆弱性は優先度を上げて早期適用できる体制を整えます。更新できない事情がある場合は、ネットワーク分離、アクセス制限、仮想パッチ(WAFなど)で補完します。
ファイルレス攻撃は正規機能を悪用するため、「不要な機能を使えなくする」「過剰な権限を持たせない」ことが効きます。具体的には、業務に不要なサービスの停止、管理ツール利用範囲の限定、ローカル管理者権限の削減、スクリプト実行ポリシーの整備などです。
また、アプリケーション制御(許可された実行形式のみ実行可能にする考え方)も、攻撃者の手札を減らすうえで有効です。業務影響が出やすい領域なので、段階的に適用範囲を広げる運用が必要になります。
EDR(Endpoint Detection and Response)は、端末上のプロセス連鎖、スクリプト実行、権限昇格、横展開、外部通信などを監視し、脅威の検知・調査・隔離(封じ込め)を支援します。ファイルレス攻撃では、まさにこの“ふるまい”が検知の手がかりになるため、EDRは中核的な対策になり得ます。
ただし、EDRは導入して終わりではありません。アラート対応の優先順位、誤検知時の判断、隔離の基準、初動手順(誰が何をするか)を整備しないと、検知できても止められません。運用設計まで含めて導入効果が決まります。
ファイルレス攻撃はログに寄って追う場面が多いため、端末・サーバー・認証基盤・ネットワークのログを収集し、相関分析できる状態が重要です。例えば、普段使わない管理コマンドの実行、短時間での多数端末への接続、深夜の特権操作、外部への不審通信などは、単体ログでは見落としても、相関で兆候が見えることがあります。
ログは「集める」だけでは価値が出ません。検知ルール(何を異常とみなすか)と、対応フロー(誰が判断し、どう封じ込めるか)がセットになります。
ファイルレス攻撃は、侵入後に認証情報を奪い、正規ログインで横展開する流れと相性が良い傾向があります。そのため、MFAの徹底、特権アカウントの分離、条件付きアクセス、パスワード運用の見直し、端末の準拠状態チェックなどが重要です。
加えて、フィッシング対策(メール認証、URL評価、添付のサンドボックス、教育)を組み合わせることで、初期侵入の確率を下げられます。
ユーザー教育は重要ですが、教育だけでゼロにするのは現実的ではありません。教育は「見分け方」だけでなく、怪しいと感じたときの行動(開かない・報告する・二次被害を広げない)まで含めて設計します。
そして、教育を補うために、メール・認証・権限・端末防御を整え、万一踏んでも被害が広がりにくい状態を作ることが、実務としてのファイルレス対策になります。
ファイルレスマルウェアは“攻撃の姿が見えにくい”ため、技術面だけでなく運用面の課題が大きくなります。ここでは代表的な課題を整理します。
ファイルレス攻撃は、ファイルスキャン中心の対策だけでは検知が遅れがちです。メモリ内実行や正規ツール悪用は、業務でも起こり得る挙動と重なるため、「どこからが異常か」を定義しづらい問題があります。
この課題を下げるには、通常時のベースライン(普段の挙動)を把握し、逸脱を検知する設計が必要です。つまり、監視の精度は、環境理解とログ整備に依存します。
PowerShell、WMI、スケジューラ、正規プロセス連鎖などの悪用は、今後も形を変えながら続くと考えられます。対策側は、特定の手口だけを塞ぐのではなく、権限・可視化・封じ込めという原則で設計する必要があります。
また、業務影響とのトレードオフが出やすい領域(スクリプトの制限、管理ツールの制御)ほど、ルール整備と合意形成が不可欠です。
未知の脅威は、既知のシグネチャに依存する検知では対応しにくくなります。ここで重要なのは、マルウェア名の特定よりも、侵害兆候(不審な権限利用、横展開、外部通信、資格情報アクセス)を捉えて初動を取ることです。
脅威インテリジェンスは有効ですが、最終的には「自社環境で何が起きたら危険か」を定義し、検知・対応を回す運用が鍵になります。
ファイルレス対策は、単一の製品導入で完結しません。端末(EDR)、認証(MFA・特権管理)、メール、ネットワーク監視、ログ基盤、インシデント対応体制といった複数レイヤーが連動して、初めて効果が出ます。
加えて、インシデント発生時の手順(初動・隔離・復旧・再発防止)が整っていないと、検知できても被害を抑えられません。組織としての“回し方”まで含めて、対策を設計する必要があります。
ファイルレスマルウェアは、端末に分かりやすいマルウェアファイルを残さず、正規機能やメモリ内実行を中心に攻撃を成立させるため、従来のファイル検知だけでは見逃しやすい脅威です。侵入経路は脆弱性悪用やメールなど一般的なものと重なりますが、侵入後に“見えにくい実行”へ移行する点が特徴です。
対策は、脆弱性管理、攻撃面の縮小、EDRとログ監視による可視化、認証・権限の強化、教育を含む多層防御で考える必要があります。あわせて、検知後に封じ込める運用(初動手順・責任分担)を整備し、未知の手口でも被害を最小化できる体制を作ることが重要です。
必ずしもそうではなく、実行ファイルを残さない一方でスクリプトや設定、タスクなど痕跡が薄い形を使う場合があります。
ファイル検知が主軸のため、メモリ内実行や正規ツール悪用のような“ふるまい”中心の攻撃を見逃しやすいからです。
PowerShellやWMI、タスクスケジューラなどの管理機能が悪用されやすい傾向があります。
脆弱性悪用、メール起点のフィッシング、認証情報の不正利用などが代表的です。
有効です。プロセス連鎖やスクリプト実行などの挙動から検知し、封じ込めや調査を支援できます。
痕跡がファイルではなく挙動や操作履歴に残りやすく、相関分析で兆候を捉えやすくなるためです。
インターネットに露出する資産や、認証・リモートアクセスに関わる製品は優先度が高くなります。
防げません。教育は重要ですが、MFAや権限最小化、端末防御など“騙される前提”の対策と組み合わせる必要があります。
マルウェア名ではなく侵害兆候に着目し、検知から封じ込めまでの初動手順を整備することが有効です。
完結しません。端末・認証・ネットワーク・ログ・対応体制を含む多層防御として設計する必要があります。