Fortranは、科学技術計算や数値シミュレーションの分野で長年使われてきたプログラミング言語です。いわゆる“古い言語”という印象を持たれがちですが、規格はアップデートされ続けており、現場では「既存の資産(膨大なコードとライブラリ)を活かしつつ、高速に計算したい」という理由で今も選ばれています。本記事では、Fortranの概要、基本文法、開発の進め方、活用事例までを、初心者にも理解できる粒度で整理します。
Fortran(フォートラン)は、主に科学技術計算・数値解析・シミュレーションで用いられるプログラミング言語です。配列(ベクトル・行列)を扱う計算に強く、コンパイラ最適化とも相性がよいため、大規模計算で高い性能を出しやすい点が特徴です。
Fortranは1950年代にIBMで開発され、科学技術計算を「人が読み書きできる形」で記述し、機械語へ翻訳(コンパイル)するという発想を早期に実用化しました。名称はFORmula TRANslation(数式の翻訳)に由来するとされています。
Fortranは「古いまま残っている言語」ではなく、長い歴史のなかで規格(標準)が段階的に整備され、機能が拡張されてきました。代表的な標準の流れは次の通りです。
特にFortran 90以降は、モジュール(module)による部品化、配列演算の表現力、派生型(ユーザー定義型)などが整い、「手続き型の数値計算言語」から、より大規模開発に耐える設計へ進化しています。
Fortranは次のような特徴を持ちます。
そのため、Fortranが特に活躍するのは「計算が重い」「正しさの検証が積み上がっている」「長期運用する」タイプの領域です。例えば、次のような用途があります。
| 分野 | 具体例 |
|---|---|
| 科学技術計算 | 数値シミュレーション、物理モデリング、最適化計算など |
| 工学 | 構造解析、流体力学、熱伝導解析、CAEなど |
| 気象・地球科学 | 気象予測、海洋モデル、地震・津波解析、気候モデルなど |
| 金融工学 | モンテカルロ法、リスク評価、数値最適化、デリバティブ評価など |
これらの分野では、同じ計算を何度も回したり、巨大な格子(メッシュ)・行列を扱ったりします。実行速度と安定性が効いてくるため、Fortranの強みが素直に活きます。また、古いコードが残っていること自体が理由になる場合もあります。すでに検証が終わっている計算ロジックを、ゼロから別言語に移植するのはコストもリスクも大きいためです。
Fortranは“何でもできる汎用言語”ではありません。強みが明確な一方、用途によっては他言語のほうが適することもあります。現場では「目的に応じて組み合わせる」ことがよくあります。
| 言語 | 相性が良いポイント(概観) |
|---|---|
| C/C++ | システム寄りの処理や細かい制御に強い。Fortranと同様に高性能を狙える。 |
| Python | 実験・可視化・前処理・後処理が得意。数値コアはFortran(またはC系)に任せる構成が多い。 |
| MATLAB | 試行錯誤や可視化に強い。用途によっては高速化や大規模化の工夫が必要になる。 |
| Julia | 数値計算に強く、高速性も狙える。採用は拡大傾向だが、既存資産の厚さは分野によって差がある。 |
Fortranの立ち位置は、「計算の心臓部(数値コア)で性能と安定性を出しやすい言語」です。可視化やデータ処理など周辺領域はPythonで、数値コアはFortranで、という分業は典型的です。
ここでは、初心者がつまずきやすいポイントを補いながら、Fortranの基本文法を整理します。なお、現代のFortranは“自由形式(free form)”で書くのが一般的で、拡張子は「.f90」などがよく使われます。
Fortranでは、プログラム全体をPROGRAMから始め、END PROGRAMで閉じます。初心者の段階で強く推奨したいのがIMPLICIT NONEです。これを入れると、変数の宣言漏れ(タイポ)がコンパイル時に検出されやすくなり、原因不明の計算ミスを減らせます。
program hello
implicit none
print *, "Hello, Fortran!"
end program helloFortranには、次のような基本データ型があります。数値計算が中心になるため、整数・実数・複素数・論理型が標準で強力です。
| データ型 | 説明 |
|---|---|
| INTEGER | 整数型。カウンタや添字などに使う。 |
| REAL | 実数型(浮動小数点)。シミュレーションの実数値に使う。 |
| COMPLEX | 複素数型。周波数解析などで有用。 |
| CHARACTER | 文字型(文字列)。メッセージやファイル名などに使う。 |
| LOGICAL | 論理型(.TRUE. / .FALSE.)。条件分岐やフラグに使う。 |
注意点として、実数の精度は「REAL=単精度」「DOUBLE PRECISION=倍精度」と単純に覚えられがちですが、現代のFortranではKIND(種別値)で精度・表現を指定する書き方が一般的です。特に数値誤差に敏感な計算では、精度設計(どの変数をどの精度で持つか)が品質に直結します。
Fortranでは、変数を使用する前に宣言します。基本形は次の通りです。
データ型 :: 変数名1, 変数名2, ...例として、整数のカウンタiを宣言するなら以下です。
integer :: i配列を宣言する例は次の通りです。
real, dimension(100) :: aこの例では、実数配列aを100要素で宣言しています。Fortranは配列処理が強みのため、配列の次元や添字範囲(1始まりがデフォルト)を意識して設計すると、コードが読みやすくなります。
条件分岐や繰り返しの基本構文は、他言語と同様に押さえておく必要があります。
if (condition) then
! 条件が真の場合の処理
else
! 条件が偽の場合の処理
end if数値計算では「しきい値による分岐」「収束判定」「例外条件(ゼロ除算回避など)」が多いため、条件式の設計は重要です。例えば浮動小数点の比較では、完全一致より許容誤差(トレランス)を使う、などの配慮が必要になることがあります。
do i = 1, 100
! 繰り返す処理
end doこの例では、iが1から100まで増えながら処理が繰り返されます。計算量が大きい場合、ループが性能ボトルネックになることが多いため、配列演算への置き換えや、並列化(後述)を検討するのが現場的です。
Fortranの入出力は、シミュレーションのパラメータ読み込みや結果保存で頻繁に使われます。最も簡単な例は次の通りです。
read(*, *) x, y標準入力から値を読み込み、xとyに格納します。
write(*, *) "Result:", result標準出力に文字列と変数を出力します。
実務では、ファイル入出力(open / close)や、フォーマット指定(桁数・指数表記・区切りなど)も重要になります。計算結果は「見た目の整形」以上に、後工程(可視化、分析、再現性)を左右するため、出力形式を早めに決めておくと運用が楽になります。
ここでは、Fortranで実際に開発を進めるために必要な、開発環境・コンパイル・実行・デバッグの要点を整理します。初心者でも「手を動かして確認できる状態」をゴールにします。
Fortranを始めるには、まずコンパイラが必要です。代表的なものは次の通りです。
学習用途なら、まずはgfortranで十分に始められます。エディタはVS Codeなど、普段使っているものをそのまま使って構いません。慣れてきたら、ビルド手順(コマンドやMakefile)を整えていくと管理が楽になります。
.f90)。この段階で意識したいのは「モジュール化」です。小さくてもよいので、データ構造や手続きを部品として分ける癖を付けておくと、後で大きくなったときに破綻しにくくなります。
gfortranでコンパイルする例です。
gfortran -o app main.f90実行は次の通りです(OSにより表記が異なることがあります)。
./app実務では、最適化オプション(例:最適化レベル、デバッグ情報の有無)を状況に応じて切り替えます。例えば「デバッグ中は最適化を弱める」「本番計算は最適化を有効にする」といった運用が典型です。
デバッグは“地味だけれど結果を左右する工程”です。Fortranでも基本は同じで、次のような方法が有効です。
writeで途中経過(変数・配列の一部)を出力して追う数値計算では「エラーで止まる」よりも「止まらずに間違った値が出る」ほうが怖いことがあります。implicit none、入力の妥当性チェック、途中値のサニティチェック(値域や収束の確認)を仕込むことが、結果の信頼性に効いてきます。
Fortranは、今も数値計算を必要とする領域で使われています。ここでは代表的な活用例を、なぜFortranが選ばれやすいのかという観点も含めて紹介します。
物理シミュレーション、化学反応解析、材料計算、数値最適化などでは、巨大な配列を何度も更新するような計算が頻出します。Fortranは配列処理の表現力が高く、コンパイラ最適化も成熟しているため、計算コアに採用されることがあります。また、過去の検証済みコードを引き継ぎやすい点も大きい要因です。
気象・気候モデルは、空間格子と時間ステップの組み合わせで、膨大な計算を繰り返します。モデルの継続改良も長期にわたるため、実績のあるコード資産を維持しながら性能を引き出す必要があります。こうした背景から、Fortranが使われ続けている領域の一つです。
軌道計算、構造解析、流体解析など、宇宙開発でも数値計算が中心となる領域があります。ここでも重要なのは「速さ」と「正しさ」の両立であり、長期的な検証の積み上げが資産になります。Fortranは、こうした“積み上げるタイプの計算”と相性がよい言語の一つです。
金融工学では、モンテカルロ法や数値最適化など、計算負荷が高い手法が使われます。要求されるのは「速く回すこと」だけでなく「同じ条件で同じ結果が出ること(再現性)」でもあります。Fortranは数値計算の領域で蓄積があるため、計算コアとして採用されるケースがあります。
Fortranは、科学技術計算や数値シミュレーションを中心に長年使われてきたプログラミング言語です。配列処理の強さとコンパイラ最適化の成熟により、計算コアで高い性能を狙いやすいこと、そして検証済みのコード資産が豊富であることが、今も利用される理由です。基本文法(宣言、配列、IF/DO、入出力)を押さえたうえで、implicit noneやモジュール化などの実務的な作法を取り入れると、学習から実戦へ移りやすくなります。
大規模な数値計算やシミュレーション、配列(行列)計算を高速に回したい用途に向きます。
使われています。科学技術計算やHPCの領域で、既存資産と性能の両面から継続利用されています。
モジュール化、自由形式の記法、配列演算、派生型などが整い、大規模開発や保守がしやすくなっています。
まずはGNU Fortran(gfortran)で十分です。無料で始められ、学習情報も多いです。
現代的な記法(自由形式)なら.f90が一般的です。環境や運用に合わせて統一すると管理が楽になります。
変数名の打ち間違いが暗黙の新規変数として扱われる事故を防ぎ、計算結果の取り違えを減らせます。
配列全体への演算や、配列処理を前提とした最適化が得意で、数値計算を見通しよく書きやすい点が便利です。
できます。用途によりOpenMPなどの並列化手法を組み合わせ、計算を高速化する運用が行われます。
できます。計算コアをFortranで実装し、周辺処理や可視化を他言語で行う構成はよくあります。
変数・配列・IF/DO・入出力を押さえたうえで、モジュール化とテスト(小さな再現ケース)を習慣化するのがおすすめです。