「グロッシュの法則」は、コンピュータの性能と価格の関係を示した、1960年代を代表する経験則です。現在のクラウドコンピューティングや分散処理の世界にそのまま当てはまるわけではありませんが、「スケールさせるとコストパフォーマンスがよくなる」という発想の源流として、今でもシステム設計や投資判断を考えるうえで参考になります。
本記事では、グロッシュの法則の定義や歴史的背景、メインフレーム時代にもたらした影響から、マイクロプロセッサやクラウド時代における限界と読み替え方、そして現代のシステム設計に活かせる教訓までを、順を追って解説します。
まずは、グロッシュの法則が何を主張しているのか、その基本的な内容と前提を整理します。
グロッシュの法則とは、「コンピュータの性能は価格の2乗に比例する」とする経験則です。より形式的には、次のように表現できます。
性能(処理能力) ∝ 価格2
つまり、コンピュータの価格が2倍になると、性能は4倍に、価格が3倍になれば性能は9倍になる、というイメージです。ここでいう「性能」は、当時の大型コンピュータにおける計算速度や処理能力を指し、主に業務用の数値計算やバッチ処理が念頭に置かれていました。
グロッシュの法則は、1960年代にIBMのエンジニアであったハーバート・グロッシュによって提唱されました。当時、コンピュータは非常に高価で、企業が導入できるのは大型のメインフレーム機に限られていました。
企業は、次のような選択に悩んでいました。
グロッシュの法則は、このような投資判断を後押しするために整理された考え方であり、「同じ予算であれば、小型機を複数持つよりも、大型機1台に集中投資した方が得だ」というメッセージを含んでいました。
グロッシュの法則に基づくと、価格と性能の関係は次のように説明できます。
| 価格 | 性能(相対値) |
|---|---|
| 1倍 | 1倍 |
| 2倍 | 4倍 |
| 3倍 | 9倍 |
この関係から、次のような示唆が得られます。
もちろん、これは当時のハードウェア構成や価格体系に基づく経験則であり、厳密な物理法則ではありません。しかし、「規模を大きくすると、それに応じて効率が大きく改善する」という考え方は、その後のIT投資やアーキテクチャ設計にも影響を与えました。
グロッシュの法則は、メインフレーム全盛期のコンピュータ利用や、企業ITの構造に大きな影響を与えました。
グロッシュの法則に従うと、高価であっても性能の高いコンピュータに投資した方が得だと判断されます。その結果、企業はより高性能なメインフレーム機を求めて、大型化・高性能化へと進みました。
この流れは、次のような方向性を後押ししました。
大型メインフレーム機を安定して運用するためには、専用の環境が必要でした。そのため、多くの企業や大学・研究機関では、マシン室や大型計算機センターが整備されていきます。
これらの専用施設には、次のような要件が求められました。
こうしたマシン室や計算機センターは、企業のIT基盤の中核として、長年にわたり基幹系システムを支える存在となりました。
大型メインフレーム機は、1台で多数のユーザーや大量の処理を受け止める設計がなされています。グロッシュの法則に基づく大型化により、企業は次のようなメリットを享受できました。
また、タイムシェアリングシステムの普及により、一台のメインフレームを複数のユーザーや部門で共有する運用モデルが確立されました。
グロッシュの法則は、コンピュータ産業全体の発展にも寄与しました。大型メインフレーム機への需要は、ハードウェアベンダーにとって重要な市場となり、次のような技術革新を促しました。
こうした技術的な蓄積は、その後のクライアント/サーバーシステムやクラウドコンピューティングの基礎となり、現在のITインフラの礎を築くことにつながりました。
一方で、コンピュータ技術の進歩とともに、グロッシュの法則はそのままでは当てはまらなくなっていきます。ここでは、その限界と現代的な読み替えについて見ていきます。
1970年代以降、マイクロプロセッサの登場により、コンピュータの小型化・低価格化が急速に進みました。小型で安価なプロセッサを複数組み合わせることで、大型メインフレーム機に匹敵する性能を実現できるようになったのです。
これにより、グロッシュの法則が前提としていた「高価な大型機ほど圧倒的に有利」という構図は崩れ始めました。企業は、次のような選択肢を持つようになります。
このような流れは、中央集中型から分散型へのパラダイムシフトを意味し、グロッシュの法則が想定していた前提条件そのものが変化したと言えます。
現在では、クラウドコンピューティングの普及により、グロッシュの法則が別のかたちで再評価されつつあります。クラウドコンピューティングとは、インターネット上に分散したコンピュータ資源を、ネットワーク越しに必要な分だけ利用する仕組みです。
クラウドサービスプロバイダーは、大規模なデータセンターにサーバーやストレージを集約し、次のようなスケールメリットを引き出しています。
この「大規模にまとめるとコストパフォーマンスが良くなる」という発想は、まさにグロッシュの法則が示したスケールメリットの考え方と通じるものがあります。
現代のコンピュータシステムでは、分散処理の考え方が広く採用されています。分散処理では、複数のコンピュータ(ノード)を連携させて処理を分担し、全体として高い性能を実現します。
しかし、分散処理には次のようなオーバーヘッドが存在します。
そのため、単純に「安価なノードをたくさん並べればよい」というわけではなく、アーキテクチャやアルゴリズムの工夫によって、全体としての効率を最大化する設計が求められます。この点で、分散処理は、グロッシュの法則が想定した単一大型機による処理モデルとは異なるパラダイムだと言えます。
とはいえ、グロッシュの法則が伝えた本質的なメッセージ、すなわち「規模を拡大することで、単位性能あたりのコストを下げられる」という考え方は、今なお有効です。
クラウドデータセンターやハイパースケールなインフラでは、電源・冷却・運用自動化など、あらゆる要素をスケールさせることで、トータルのコストパフォーマンスを高めています。現代のシステム設計では、集中と分散のバランスを取りつつ、どこでスケールメリットを出すかが重要な設計ポイントとなっています。
最後に、グロッシュの法則から現代のシステム設計が学べるポイントを整理します。
グロッシュの法則は、コンピュータ資源を集中させることでスケールメリットを享受できることを示しました。一方、現代では分散処理やエッジコンピューティングの重要性も増しています。
システム設計においては、次のような視点で集中と分散のバランスを考えることが重要です。
業務の特性や可用性要件、レイテンシ許容度などを踏まえ、両者を組み合わせたアーキテクチャを選択することが望まれます。
グロッシュの法則が想定する大型集中型システムは、強力な一方で、拡張や変更が難しくなる側面もあります。現代のビジネス環境では、需要の変動やビジネスモデルの変化に素早く対応できる拡張性・柔軟性が求められます。
そのためには、次のような設計が有効です。
グロッシュの法則は「価格と性能」の関係に注目しましたが、現代では、より広い意味でのトータルコスト(TCO)と価値を見なければなりません。
具体的には、次のような観点を含めて検討することが重要です。
投資対効果(ROI)やTCOを踏まえたシステム設計を行うことで、単なる性能指標だけでは見えない真のコストパフォーマンスを判断しやすくなります。
グロッシュの法則が提唱された時代と比べると、コンピュータ技術は劇的に進歩しています。マイクロプロセッサ、仮想化技術、クラウド、コンテナ、サーバーレスなど、新しい技術が次々と登場しています。
技術の進歩に合わせて、システムを継続的に見直し・進化させていく姿勢が重要です。
グロッシュの法則から学べるのは、単なる数式ではなく、時代に応じて前提を見直しながら、最適な「スケール」と「構成」を選び続けることの重要性だと言えます。
グロッシュの法則は、1960年代にIBMのエンジニアであるハーバート・グロッシュが提唱した「コンピュータの性能は価格の2乗に比例する」という経験則です。当時の企業はこの法則を指針として、より高性能な大型コンピュータへの集中投資を進め、メインフレーム機の大型化やマシン室・大型計算機センターの普及を加速させました。
その後、マイクロプロセッサの登場やコンピュータの小型化・分散化により、グロッシュの法則はそのままでは当てはまらなくなりましたが、「規模を大きくすることでコストパフォーマンスが向上する」というスケールメリットの発想は、クラウドコンピューティングや大規模データセンターの設計など、現代のITインフラにも受け継がれています。
現代のシステム設計では、グロッシュの法則を絶対的なルールとしてではなく、「集中と分散のバランス」「拡張性と柔軟性」「TCOと投資対効果」「技術進歩への追随」といった観点と組み合わせて考えることが重要です。こうした教訓を踏まえつつ、自社の業務特性や将来像に適したアーキテクチャを選択していくことが、高性能かつ費用対効果の高いシステム構築につながるでしょう。
グロッシュの法則は、「コンピュータの性能は価格の2乗に比例する」とする経験則で、高価なコンピュータほど性能面で有利になりやすいという関係を示しています。
1960年代は大型メインフレームが主流で、企業は高価なコンピュータを1台導入するか、安価なコンピュータを複数台導入するかで悩んでおり、その投資判断を整理する文脈でグロッシュの法則が提唱されました。
価格を2倍にすると性能は4倍、3倍にすると9倍になると考えられたため、同じ予算であれば小型機を複数持つよりも、大型機1台に集中投資した方がコストパフォーマンスが高いと判断されたためです。
マイクロプロセッサや分散処理の普及により、価格と性能の関係は当時とは大きく変化しており、グロッシュの法則がそのまま成立するとは言えませんが、スケールメリットの考え方自体は今も参考になります。
クラウドでは大規模データセンターに資源を集約することで単価を下げているため、大きくまとめるほどコストパフォーマンスが向上するという点で、グロッシュの法則が示したスケールメリットの発想と通じる部分があります。
グロッシュの法則は1台の大型コンピュータへの集中投資を前提としますが、分散処理は複数のノードに処理を分散させるアプローチで、通信や同期のオーバーヘッドを含めたシステム全体の最適化が必要になる点が異なります。
規模を拡大してスケールメリットを出す発想と、集中と分散のバランス、拡張性や柔軟性、TCOや投資対効果を意識した設計が重要だという点が、現代のシステム設計への教訓になります。
グロッシュの法則が価格と性能の関係に着目した経験則であるのに対し、ムーアの法則は集積回路上のトランジスタ数が一定期間ごとに倍増するという、半導体集積度の推移を表した経験則です。
数式をそのまま適用するのではなく、限られた予算をどこに集中させると最も効果的かを考える際の「スケールメリット」の視点として、中小企業のIT投資にも参考になります。
自社でサーバーを抱えるよりもクラウド事業者のスケールメリットを活用した方がよい領域を見極めつつ、業務特性やセキュリティ要件に応じてオンプレミスとのハイブリッド構成も含めた最適なバランスを検討することが重要です。