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モラルハザードとは? 10分でわかりやすく解説

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会社の経費で必要以上に豪華な接待をしたり、業務外の目的で社用車を使ったり――。こうした行動は、単なる「モラルの問題」に見えて、実は仕組みの問題として説明できることがあります。その代表がモラルハザードです。モラルハザードを理解すると、「なぜ起きるのか」「どう設計すれば起きにくくなるのか」を整理でき、感情論に頼らずに対策を組み立てやすくなります。この記事では、モラルハザードの定義から、発生しやすい条件、企業での実務的な対策までを、判断材料が残る形で解説します。

モラルハザードとは何か

モラルハザードとは、経済学・契約論で用いられる概念で、保険や保証、救済措置などによって損失の一部(または全部)を自分以外が負担してくれる状況になると、当事者が注意や努力を弱め、結果としてリスクが増える現象を指します。ポイントは「人の性格が悪いから」ではなく、損失の負担構造(誰が痛みを引き受けるか)が行動を変えるという点にあります。

モラルハザードが起こるメカニズム

モラルハザードは、次の流れで起きやすくなります。

  1. 保険・保証・支援などにより、損失の一部がカバーされる
  2. 行動の結果として生じるコスト(損失・責任)が、自分以外へ移転する
  3. 注意や努力を増やしても、自分の得が小さい(または痛みが小さい)と感じる
  4. 結果として、リスクの高い行動が増える/予防行動が弱まる

要するに、リスクをとる主体と、損失を負担する主体がズレることが核心です。企業の文脈で言えば「使った人」と「払う人」が別になると、判断が甘くなりやすい、という話です。

モラルハザードと混同しやすい概念

モラルハザードとセットで語られやすいのが、逆選択(アドバース・セレクション)です。両者は似ていますが、起きるタイミングが異なります。

概念起きるタイミング何が問題か
逆選択(逆淘汰)契約の前情報の偏りにより、高リスク側が集まりやすい
モラルハザード契約の後保護があることで、行動がリスク寄りに変わる

企業の例で言えば、「採用や取引の入り口で“見抜けない”問題」が逆選択、「制度に入った後に“行動が変わる”問題」がモラルハザードです。

モラルハザードの具体例

モラルハザードは、保険に限らず「責任の分離」があるところで起こり得ます。

分野具体例どこにズレがあるか
保険補償が手厚いほど、小さな事故や損害への注意が弱まりやすい予防の努力と、損失負担の関係が薄くなる
金融セーフティネットがあると、短期収益を優先した過度なリスク選好が生まれやすいリスクの利益は当事者、損失の一部は外部化しやすい
企業(経営)短期業績だけで評価されると、将来リスクを無視した意思決定が増えやすい成果の評価と、損失の責任が同じ期間で結びつかない
企業(現場)会社経費・備品・社用車などが「使い放題」に近い状態になる利用者と支払者(会社)が分離する

ここで大事なのは、「加入したら必ず安全運転しなくなる」といった単純化ではありません。現実には、免責(自己負担)や等級制度、監視の有無などで行動は変わります。つまり、制度設計しだいでモラルハザードは増えも減りもするということです。

モラルハザードがもたらす影響

モラルハザードが放置されると、次のような影響が連鎖します。

  • 事故・不正・浪費などが増え、コストが膨らむ
  • ルールを守る人ほど損をし、組織の信頼が傷む
  • 監査や管理が強化され、現場の手間が増える
  • 結果として、必要な保護(保険・保証・福利厚生)まで縮小される

つまりモラルハザードは、単なる一部の不適切行動に留まらず、制度全体の持続性を損ねる問題になり得ます。

モラルハザードが発生しやすい状況

モラルハザードは「人」ではなく「条件」で増えます。代表的な条件を押さえると、対策の設計がしやすくなります。

情報の非対称性がある場合

モラルハザードは、当事者間で情報量に差がある状況で起きやすくなります。たとえば、経費精算では「その支出が業務上必要だったか」を現場が一番よく知っており、承認者は書類情報だけで判断しがちです。この差が大きいほど、「バレにくさ」や「説明で押し切れる余地」が生まれます。

リスクと責任の所在がずれている場合

リスクを取る人と、損失を負担する人が異なると、判断が甘くなりやすくなります。企業の例で言えば、社用車の利用で事故が起きても、修理費や保険料の増加を個人が直接負担しない場合、「慎重さ」のインセンティブは弱まりがちです。

監視・モニタリングが不十分な場合

見られていない、記録されていない、検知されない環境では、リスクの高い行動が増えやすくなります。ここでいう監視は、過度な監視社会を目指す話ではなく、「不正が起きにくい最低限の可視化」を整えるという意味です。ログやチェックがあるだけで、抑止効果が働く場面は少なくありません。

ペナルティや是正が機能していない場合

ルールがあっても、違反したときの是正(注意・再発防止・処分)が曖昧だと、抑止力は弱まります。モラルハザード対策で重要なのは「厳罰化」そのものではなく、ルールが一貫して運用されることです。例外対応が常態化すると、「結局やっても大丈夫」という学習が進みます。

企業におけるモラルハザード対策

企業対策は、「性善説か性悪説か」の議論ではなく、行動が変わりにくい設計を作ることが中心です。実務では、ガバナンス・インセンティブ・内部統制・文化を組み合わせて考えると整理しやすくなります。

コーポレートガバナンスの強化

モラルハザードが経営層に関わる問題(過度なリスクテイク、不適切な取引など)に発展しやすいのは、意思決定が大きく、影響範囲が広いからです。対策としては、監督と牽制が働く構造を整えることが基本になります。

  • 重要意思決定のプロセスを明確化する(稟議・会議体・権限規程)
  • 利害関係の衝突が起きる取引をルール化する(関連当事者取引など)
  • 内部通報の窓口と運用を整備し、報復を防ぐ
  • 経営報告の透明性を高め、説明責任を果たす

「監督を強める」だけでなく、「判断が歪みにくいルールにする」視点が大切です。

インセンティブ設計の見直し

モラルハザードは、報酬や評価が偏ると増えます。たとえば短期売上だけを強く評価すると、将来リスクやコンプライアンスを軽視する誘因が生まれます。対策は、得点化の軸を増やし、行動の偏りを抑えることです。

  • 短期指標だけでなく、品質・継続・顧客満足・コンプライアンスを評価に組み込む
  • 「成果が出たら終わり」ではなく、一定期間の結果も追う(将来損失の外部化を抑える)
  • 過度なノルマや一発逆転型の評価を避け、逸脱行動の誘因を減らす

インセンティブは強すぎても弱すぎても逆効果になり得るため、現場実態に合わせた調整が必要です。

内部統制の整備・運用

現場で起きやすいモラルハザード(経費・備品・購買・車両など)は、内部統制で抑止しやすい領域です。重要なのは「面倒な承認を増やす」ことではなく、ズレ(利用者と支払者の分離)を埋める仕組みを最小限で作ることです。

  • 経費:用途・上限・例外条件を明確化し、証憑と理由のセットを徹底する
  • 購買:発注・検収・支払を分離し、同一人物で完結しないようにする
  • 車両:利用申請・走行記録・給油記録など、後から検証できる情報を残す
  • 情報資産:権限管理、ログ、持ち出し制御などで「やり得」を減らす

「誰が・何を・いつ」行ったかが追えるだけでも、抑止効果は出ます。加えて、内部監査や定期点検により、形骸化を防ぐことが重要です。

監視・モニタリングの設計

監視は嫌われやすいテーマですが、適切に設計すれば「不正を疑う」よりも「誤解を減らす」効果が大きくなります。ポイントは、個人を常時監視するのではなく、逸脱が起きやすいポイントを可視化することです。

  • 一定金額以上の経費や例外処理だけを重点的にチェックする
  • 異常パターン(頻度、時間帯、同一取引先の偏り)を検知して確認する
  • ルール違反の摘発より、再発防止(原因の潰し込み)へつなげる

企業風土・文化の醸成

ルールだけでは限界があります。なぜなら、制度の穴を突く行動は「形式上はルール違反ではない」形で起きることがあるからです。そこで必要になるのが、判断の基準(行動規範)を共有する文化です。

  • トップが「何を良しとしないか」を具体例で語る
  • 研修は理念よりもケース(判断が割れる場面)で行う
  • 問題が起きたら、責任追及だけで終わらせず、仕組みの改善に落とす

文化は即効性が低い一方で、長期的には最も効く対策になり得ます。

モラルハザード対策に役立つフレームワーク

理論やフレームワークは「学術の話」で終わらせず、対策の設計図として使うと実務に効きます。ここでは、使いどころが分かる形で整理します。

エージェンシー理論

エージェンシー理論は、依頼人(プリンシパル)と代理人(エージェント)の間で、情報の非対称性や利害のズレが起きることを前提に、どう管理すべきかを考える枠組みです。企業では「会社(株主・経営)と従業員」「本社と現場」「発注側と受注側」など、あらゆる場面が当てはまります。

実務への落とし込みはシンプルで、①情報差を埋める(報告・ログ)、②ズレを小さくする(評価・責任)、③監督する(監査)の3点で検討すると設計しやすくなります。

ゲーム理論

ゲーム理論は、相手の行動を見越して意思決定が変わる状況を扱います。モラルハザード対策での実務的な示唆は、「一度きりの勝負」ではなく繰り返しゲームとして設計することです。つまり、違反が得になる構造を残すと、学習されて再発しやすくなります。

  • 例外対応の基準を明確にし、恣意性を減らす
  • 違反時の是正を一貫させ、「やり得」の期待を下げる
  • 適正行動が評価される仕組みを作り、協力の均衡を作る

行動経済学

人は合理的に見えて、実際には「損失回避」「過信」「現状維持」などのバイアスで動きます。モラルハザードも、インセンティブだけでなく、心理の癖が混ざると強化されます。

  • 「少しだけなら大丈夫」という過小評価が起きやすい
  • 周囲がやっていると、自分も許されると感じやすい
  • 責任が曖昧だと、注意が分散しやすい

この前提に立つと、ルールを増やすよりも「迷いにくい導線」「判断が揺れにくい基準」を整える方向に発想が向きます。

ナッジ理論

ナッジは、強制や罰ではなく、選択肢の設計で望ましい行動を促す考え方です。モラルハザード対策では、次のような実装が現実的です。

  • 経費申請フォームで「目的」と「業務上の必要性」を先に書かせる(自己説明で抑止)
  • 社用車予約時に「業務区分」と「行先」を必須にする(事後チェックを容易に)
  • ルールを読ませるのではなく、判断が必要な場面で短い注意を出す(タイミング重視)

ナッジは万能ではありませんが、監視強化より摩擦が少なく、早期に効果が出る場面があります。

まとめ

モラルハザードとは、保険や保証、救済措置などによって損失負担が分離されると、注意や努力が弱まり、リスクの高い行動が増える現象です。情報の非対称性、リスクと責任のズレ、監視不足、是正の不徹底といった条件が重なるほど起こりやすくなります。企業は、ガバナンス、インセンティブ、内部統制、文化の4つを組み合わせ、行動が逸脱しにくい設計を作ることが重要です。加えて、エージェンシー理論や行動経済学、ナッジといった枠組みを使うと、対策を感覚論ではなく設計論として整理しやすくなります。

Q.モラルハザードとは何ですか?

損失の一部を他者が負担する状況で注意や努力が弱まり、リスク行動が増える現象です。

Q.モラルハザードは「モラルが低い人」の問題ですか?

人の性格よりも、リスクを取る人と損失を負担する人が分離する仕組みが主因です。

Q.逆選択(アドバース・セレクション)との違いは何ですか?

逆選択は契約前の情報差の問題で、モラルハザードは契約後に行動が変わる問題です。

Q.モラルハザードが起きやすい条件は何ですか?

情報の偏り、責任のズレ、監視不足、是正が曖昧といった条件が重なると起きやすくなります。

Q.保険に入ると必ず不注意になりますか?

必ずではありませんが、免責や等級制度、監視の有無によって行動は変わり得ます。

Q.企業でモラルハザードが起きやすい領域は何ですか?

経費、購買、備品、車両、権限管理など、利用者と支払者が分離しやすい領域です。

Q.モラルハザード対策の基本は何ですか?

情報差を埋め、責任のズレを小さくし、検知と是正が一貫して働く仕組みを作ることです。

Q.監視を強めると反発が出ませんか?

個人監視ではなく、逸脱しやすいポイントの可視化に絞ると摩擦を抑えやすくなります。

Q.ナッジはモラルハザード対策に使えますか?

強制せずに判断の導線を整えることで、リスク行動を抑える補助策として有効です。

Q.対策を入れても再発するのはなぜですか?

例外運用や是正の不徹底で「やり得」が残ると学習され、再発しやすくなります。

記事を書いた人

ソリトンシステムズ・マーケティングチーム