クラウドサービスを使う企業が増える一方で、「どこまでがクラウド事業者の責任で、どこからが利用者の責任か」を曖昧なまま進めてしまい、事故やトラブルにつながるケースもあります。そこで重要になる考え方が責任共有モデルです。これは、クラウドサービスの利用者と提供者がそれぞれの責任範囲を分担し、セキュリティや運用を成り立たせる枠組みです。本記事では、責任共有モデルの基本、利用者と提供者の責任範囲、クラウドで押さえるべきセキュリティ対策、そしてIaaS・PaaS・SaaSで責任分担がどう変わるかを、できるだけ平易に整理します。
クラウドは便利ですが、「全部クラウド側が守ってくれる」と思ってしまうと危険です。クラウドの安全性は、提供者と利用者の役割分担で成り立っています。これを整理するのが責任共有モデルです。
責任共有モデルとは、クラウドサービスの利用者と提供者が、それぞれの責任範囲を明確にし、セキュリティや管理の役割を分担するための枠組みです。
よく言われる表現としては、提供者は「クラウドそのものの安全」(基盤側)を、利用者は「クラウドの上で使うものの安全」(設定・運用側)を担う、という考え方です。どの範囲がどちらの責任になるかは、IaaS/PaaS/SaaSなどサービス形態で変わります。
| 主体 | 責任のイメージ |
|---|---|
| クラウドサービス利用者 | データ、ユーザー管理、設定、利用するアプリや運用ルール |
| クラウドサービス提供者 | データセンター、物理機器、基盤ネットワーク、基盤ソフトの保守 |
重要なのは、「提供者が守っている範囲」と「利用者が守るべき範囲」を、契約やサービス仕様で確認し、運用に落とし込むことです。
利用者側が責任を持つ領域は、ざっくり言うと「設定と運用でコントロールできる部分」です。代表例を整理すると次の通りです。
クラウドでは「設定ミス」がそのまま事故になります。たとえば、ストレージを誤って公開状態にしたり、権限を広く付けすぎたりすると、提供者がどれだけ堅牢でも漏えいは起こり得ます。
提供者側が責任を持つ領域は、主に「クラウド基盤の安全と安定」です。一般的には次のような領域が含まれます。
ただし「何を提供者がやってくれるか」はサービスごとに違います。たとえばSaaSは提供者の管理範囲が広い一方で、IaaSは利用者側でやることが増えます。
責任共有モデルを理解し、利用者と提供者がそれぞれの責任を果たすことが不可欠です。理解が浅いと、次のようなズレが起きます。
クラウド導入の早い段階で、責任分担を前提に設計・運用を組み立てるのが近道です。
責任共有モデルは「責任の押し付け合い」ではなく、「役割を分けて穴を作らない」ための考え方です。ここでは、利用者側・提供者側の視点で押さえるポイントを具体化します。
利用者側の対策は、難しい技術を増やすよりも、まず基本を落とさないことが大切です。
クラウド上の事故の多くは、設定・権限・運用の穴から起きやすいため、日々の運用で「穴を作らない仕組み」を持つことが効果的です。
提供者側は、基盤の安全性を維持するために、一般に次のような取り組みを行います。
ただし、提供者が担う範囲は「全部」ではありません。提供者の守備範囲を過信せず、利用者側で担うべき部分を運用に落とす必要があります。
| 分野 | 具体例 | 狙い |
|---|---|---|
| アクセス管理 | 多要素認証、最小権限、特権IDの分離 | 不正ログインと権限乱用を減らす |
| 設定管理 | 公開設定の監査、定期棚卸し、構成の自動チェック | 設定ミスを早期に見つける |
| データ保護 | 暗号化、分類、共有ルール、バックアップ設計 | 漏えいと消失に備える |
| 監視と検知 | 監査ログ、アラート、異常操作の検知 | 気づくのを早くする |
| インシデント対応 | 手順書、連絡体制、権限停止の即応 | 被害拡大を止める |
「全部やる」は現実的ではないので、優先順位をつけます。進め方の例は次の通りです。
クラウドのセキュリティは、一度入れて終わりではなく、運用で保つものです。小さく始めて、継続的に整えていくのが現実的です。
責任共有モデルは、サービス形態によって「利用者がやること」の量が変わります。ここを取り違えると、必要な対策が抜けます。
大まかなイメージは次の通りです。
| サービスモデル | 利用者の主な責任 | 提供者の主な責任 |
|---|---|---|
| IaaS | OS設定、ミドルウェア、アプリ運用、権限設計、データ管理、ネットワーク設定の一部 | 物理設備、物理機器、基盤ネットワーク、仮想化基盤など |
| PaaS | アプリ開発・運用、データ管理、アクセス制御、利用設定 | OSや実行環境、ミドルウェアの多く、基盤の保守 |
| SaaS | ユーザー管理、権限設定、利用ルール、データの入力・共有設定 | アプリ運用、基盤の保守、サービスの可用性確保など |
この表はあくまで一般像です。実際はサービスごとに境界線が違うので、サービス仕様(どこまでが提供者管理か)を確認して運用に落とします。
「どのサービスが安全か」ではなく、「自社が責任を果たせる形か」という視点で選ぶと、導入後の事故が減りやすくなります。
責任共有モデルは、クラウドを安全に使うための前提です。提供者は基盤の安全と安定を担い、利用者はデータ・権限・設定・運用を担います。IaaS・PaaS・SaaSで責任の境界は変わるため、サービス仕様を確認し、自社の役割を具体的な運用に落とすことが大切です。まずはアクセス管理と設定の棚卸し、ログ整備など、事故になりやすいところから固めていくと、クラウドの利点を活かしながら安全性も確保しやすくなります。
クラウドの利用者と提供者が、それぞれの責任範囲を分担してセキュリティと運用を成り立たせる考え方です。提供者は基盤側、利用者は設定やデータなど運用側が中心になります。
できません。基盤の安全は提供者が担いますが、データの扱い、権限設定、公開設定、利用ルールなどは利用者側の責任になります。
設定ミスと権限の付けすぎです。公開設定の誤り、共有リンクの管理不足、退職者アカウントの放置、特権IDの乱用などが典型例です。
一般に、データセンターや物理機器、基盤ネットワークなど「クラウド基盤の安全と安定」を担います。ただし範囲はサービスにより異なるため、仕様の確認が必要です。
IaaSは自由度が高いぶん、OSやミドルウェア、ネットワーク設定など利用者の責任が広くなります。SaaSはアプリ運用は提供者側が担い、利用者は設定・権限・データ運用が中心になります。
やるべき対策が明確になり、設定ミスや運用漏れを減らせます。監査や取引先要件への対応、事故時の切り分けや復旧判断もしやすくなります。
多要素認証と最小権限、特権IDの管理、公開設定の棚卸し、ログ取得の整備です。ここが弱いと、クラウドの良し悪しに関係なく事故につながります。
とても重要です。不正アクセスや操作ミスが起きても、ログがなければ原因と影響範囲が追えません。監査ログ・操作ログを取り、アラートまで含めて運用するのが理想です。
自社の体制で「利用者側の責任」を回せるかを見ます。必要なログ機能、権限機能、連携手段、事故時の連絡体制などを確認し、運用可能な形を選ぶのが現実的です。
サービス仕様で責任境界を確認し、アクセス管理・設定棚卸し・ログ整備・データ運用ルールをセットで用意することです。クラウドは運用で安全性が決まります。