「定時で退勤したはずなのに、帰宅後にメール対応を続けている」「勤怠には打刻したが、終わっていない作業だけ“少し”片づけてしまう」――こうした勤怠の記録に表れない残業が、いわゆるステルス残業です。
ステルス残業は、本人の健康や生活をむしばむだけでなく、企業側にとっても労務・法務リスクや生産性低下につながります。とくにIT部門やIT企業では、業務がPC上で完結しやすく、作業の切れ目が見えにくいため、本人も周囲も気づかないまま常態化しがちです。
この記事では、ステルス残業の定義、発生しやすい背景、企業と個人それぞれの不利益、そして防止策を整理します。読了後には、「自社ではどこで起きうるか」「何から手を付けるべきか」を判断できる状態を目指します。
ステルス残業とは、会社の勤怠管理の枠外で行われる未申告・未記録の労働を指します。たとえば、次のようなケースが典型です。
ポイントは、本人が「大した作業ではない」と捉えていても、反復・蓄積すると実質的な長時間労働になり得ることです。また、未記録である以上、組織として状況を把握できず、対策も打ちにくくなります。
ステルス残業は「個人の意識」だけで説明できません。多くの場合、次のような要因が複合します。
IT領域では、障害対応・仕様変更・突発タスクが入りやすく、「今日は仕方ない」が積み重なることがあります。さらに、成果物が見えるまでの工程が長い仕事ほど、終盤で帳尻合わせの稼働が発生しやすい点にも注意が必要です。
ステルス残業は、働く人と企業の双方に不利益をもたらします。
働く人にとってのデメリットは、まず賃金(残業代)と休息の喪失です。記録されない労働は、適切な精算や健康配慮につながりにくく、疲労が慢性化しやすくなります。睡眠不足やストレスの増加は、集中力・判断力の低下にも直結します。
企業にとってのデメリットは、第一に労務リスクです。使用者には労働時間を適正に把握するための考え方・手順が示されており、実態把握が不十分な状態はリスクになり得ます。citeturn2search0turn3search0
第二に生産性の悪化です。長時間労働が常態化すると、手戻りやミス、コミュニケーションの粗さが増え、結果としてさらに時間が溶ける悪循環に入ります。第三に採用・定着への悪影響で、現場が疲弊すると離職やモチベーション低下が起きやすくなります。
ステルス残業が問題になる理由の一つは、「会社が把握していないからセーフ」になりにくい点です。一般に、労働時間管理は企業側の責任領域であり、労働時間の適正把握について行政からガイドラインも示されています。citeturn2search0turn3search0
また、未申告の残業が常態化すると、未払い賃金の問題へ発展する可能性があります。実務的には、請求時効なども論点になり得るため、労務の専門家と連携してリスク管理することが現実的です。citeturn4search8
ここで重要なのは、法律論だけでなく、「そもそも未記録の労働を生まない設計」へ組織として寄せることです。記録がなければ、改善の起点(どこが詰まっているか)も見えません。
IT経営の文脈では、ステルス残業は「現場の頑張り」で一時的に隠れてしまう分、経営判断を誤らせやすい課題です。見かけ上は納期が守られ、障害が収束しているように見えても、裏で無理が積み上がっていることがあります。
ITの仕事は、成果が出るまでの工程が長く、突発作業も入りやすい領域です。たとえば次の条件が重なると、ステルス残業が起きやすくなります。
この状態が続くと、見積もり・計画・人員配置が現実からズレたまま固定化します。結果として、次の案件でも同じ無理が繰り返されます。
対策は「残業するな」と言うだけでは機能しません。経営・管理側が整えるべき要点は、次の3つです。
とくに「遅延の申告は責めない」「炎上の兆候を早期に拾う」など、心理的安全性がないと、現場は静かに時間で埋めてしまいます。
ITツールは有効ですが、導入だけでは不十分です。効果が出やすいのは、運用ルールまでセットになった場合です。
「ツールがあるのに使われない」場合、原因は機能不足ではなく、現場の行動に落ちる運用設計が不足していることが多いです。
経営者・管理者が担うべき役割は、①方針を明確にする、②仕組みを整える、③現場の声を吸い上げて更新する、の3点です。
たとえば、「未申告の稼働は評価しない」「申告しづらい状況があるなら仕組み側を直す」と明言し、申告を促すだけでなく、申告しなくても回る計画へ組織を寄せていくことが重要です。
防止策は、労務管理の整備と、業務設計の見直しの両輪で考える必要があります。どちらかだけだと、形だけになったり、現場にしわ寄せが残ったりします。
まずは「記録されない労働」を減らすための土台を作ります。労働時間の適正把握に関するガイドラインでは、客観的な記録の活用などが示されています。citeturn2search0turn3search0
この段階では、「取り締まり」よりも「実態を正しく掴む」ことが目的です。実態が見えれば、改善の議論ができます。
ステルス残業がある職場では、たいてい「言い出しにくさ」があります。文化面での見直し例は次のとおりです。
文化はスローガンでは変わりません。会議体、評価、報告のフォーマットなど、日々の運用に落とし込むことが必要です。
ステルス残業は、効率化だけでゼロにはなりませんが、発生確率を下げることはできます。具体例は次のとおりです。
ここで大事なのは、「効率化=現場がもっと仕事を詰め込む」にならないことです。空いた時間は、品質・改善・学習・休息に再配分しないと、再び隠れ残業が戻ります。
ステルス残業の本質は、労働者の負担が見えない形で積み上がることです。企業は、労働時間の把握と適正化に関する考え方を踏まえ、運用として実効性を確保する必要があります。citeturn2search0turn3search0
たとえば、長時間稼働の兆候がある場合に上長が声をかける、業務配分を調整する、相談の窓口を用意するなど、「記録→気づき→介入」の流れを作ることが現実的です。
ステルス残業を減らすうえで、業務効率化は有効な支援策です。ただし、効率化は「削る」だけではなく、「迷いを減らす」「手戻りを減らす」「割り込みを管理する」といった設計の話になります。
時間内に成果を出すには、個人の頑張りよりも仕組みが効きます。効率化の狙いは、次の3つに分解できます。
結果として、時間外で帳尻を合わせる必要が減り、ステルス残業の温床が小さくなります。
実務で効きやすいのは、「やり方」より「決め方」を整えることです。
「忙しいから整理できない」となりがちですが、整理できないほど忙しい状態こそ、整理しない限り終わりません。まずは、1〜2週間だけでも運用を試し、結果を見ながら調整するのが現実的です。
クラウドツール、ワークフロー、自動化、AIなどは、うまく使えば「人がやらなくてよい作業」を確実に減らせます。たとえば次の方向性です。
ただし、導入直後は学習コストが発生します。短期の負荷増を織り込んで計画しないと、「結局、夜に覚える」「結局、夜に移行作業をする」といった形で、別のステルス残業が生まれる点に注意が必要です。
効率化を現場任せにすると、「余力がある人」だけが改善し、「余力がない人」ほど沈みます。経営者・管理者がすべきことは、
この3点です。効率化はイベントではなく、運用です。
リモートワークやハイブリッド勤務の普及により、労働時間の境界はさらに曖昧になりやすくなっています。そのぶん、ステルス残業は「本人の自己管理」だけでは抑えにくく、組織としての設計が問われます。
在宅では、通勤がない一方で、仕事の開始と終了が溶けやすくなります。たとえば、朝の家事の合間にチャットを返し、夜も「少しだけ」続きをやる――この積み重ねは、本人が自覚しにくい形で労働時間を押し上げます。
また、オンライン中心の職場では「既読」「返信速度」が暗黙の評価になりやすいことがあります。これが続くと、就業時間外の応答が当たり前になり、結果としてステルス残業が構造化します。
今後に向けた解決策は、次のように整理できます。
「本人が頑張らないと回らない」状態を放置すると、いずれ限界が来ます。限界が来る前に、仕組みで吸収する設計が必要です。
働き方改革は、労働時間の削減だけでなく、生産性と健康を両立させる取り組みです。ステルス残業は、その逆を行きます。つまり、見えない形で時間を積み上げ、改善の機会を奪うからです。
働き方改革を進めるなら、まず「実態の可視化」を外せません。可視化ができて初めて、業務設計、配分、評価の議論が成立します。
今後は、AIや自動化により作業が速くなる一方で、「速くなるならもっとやれるはず」と仕事が増えることもあり得ます。そうなると、ステルス残業は形を変えて残ります。
だからこそ、組織は「成果を増やす」だけでなく、「負荷を適正に保つ」視点を持つ必要があります。具体的には、稼働に余裕が出たら改善や学習に振り向ける、緊急対応は当番で回す、などの設計が効きます。
最後に、ステルス残業から抜け出すうえでの要点を整理します。結論はシンプルで、「見えない労働を、見える形に戻す」ことが出発点です。
ステルス残業は「本人の努力」のように見えて、実際には、計画・配分・文化の問題が滲み出た状態です。まずは、本人も組織も「起きているかもしれない」と疑い、事実を掴む必要があります。
特にIT領域では、個々の頑張りで納期が守れてしまうことがあります。しかし、それは「次も同じ前提で回せる」という意味ではありません。むしろ、現場の余力を食い潰している可能性があります。
防止策は、次の順で進めると破綻しにくくなります。
どれか一つだけでは、必ずしわ寄せが残ります。セットで設計することが重要です。
業務効率化は、単なるスピードアップではありません。ムダを減らし、迷いを減らし、品質を安定させることで、働き方を持続可能にする取り組みです。
経営の観点では、「残業を減らせ」と指示するよりも、「残業が生まれない前提で計画し直す」ほうが、結果的に健全です。ステルス残業が減るほど、組織は正確なデータで意思決定できるようになります。
ステルス残業の解消は、現場の健康と生産性を守るだけでなく、企業の信頼にもつながります。経営者・管理者が、実態把握と改善にコミットし、「隠れて頑張ること」を評価しない姿勢を示すことが、最も強いメッセージになります。
ステルス残業は、未記録の労働が積み上がることで、働く人の健康と企業の生産性・信頼を同時に損なう問題です。とくにIT領域では発生しやすく、「忙しさ」と「見えにくさ」が組み合わさって常態化しがちです。
対策の第一歩は、実態を可視化し、ルールと業務設計をセットで整えることです。労働時間の適正把握に関する考え方も踏まえつつ、隠れた稼働を前提にしない計画へ寄せていくことが、持続可能な働き方につながります。citeturn2search0turn3search0
勤怠に記録されない、未申告・未記録の労働時間(退勤後の対応、休日の作業など)を指します。
業務量と納期が釣り合っていない、相談しづらい、割り込みが多い、作業が見えにくい職場で起きやすいです。
始終業の記録を徹底し、連絡可能時間と緊急時の連絡ルールを明確にすることが有効です。
反復・蓄積すると実質的な労働時間になります。例外扱いせず、記録・申告の対象にするのが安全です。
労務管理不備によるトラブルや未払い賃金の問題に発展し得る点と、生産性低下が見えにくい点です。
業務量・納期・評価・文化が変わらない限り、現場は時間で帳尻合わせをしやすく、未記録化が進むためです。
作業がPC上で完結しやすく、割り込みや仕様変更が多く、負荷が外から見えにくいからです。
実態の可視化(打刻・申告・稼働の把握)を行い、例外運用を含めたルールを明文化することから始めます。
ムダ削減だけでなく、割り込み管理、優先順位の固定、手戻り削減(標準化・レビュー設計)がポイントです。
未申告の稼働を評価しないこと、申告しづらい仕組みを放置しないことを明確にし、運用で示す姿勢です。