IT用語集

ステガノグラフィとは? わかりやすく10分で解説

水色の背景に六角形が2つあるイラスト 水色の背景に六角形が2つあるイラスト
アイキャッチ
目次

「暗号化」は聞いたことがあっても、「情報を“隠す”」技術まで意識する機会は多くありません。ところが実際の現場では、画像や音声、文書など“普通のデータ”に見えるものの中に、別の情報を埋め込んでやり取りする手法が使われることがあります。

本記事では、そうした技術であるステガノグラフィについて、定義・代表的な手法・利用分野・悪用例・対策までを整理します。読み終えたときに「暗号化と何が違い、どこがリスクになり得るのか」を判断できる状態になることを目的とします。

ステガノグラフィとは

ステガノグラフィの定義

ステガノグラフィとは、あるデータ(画像・音声・動画・文書など)の中に、別の情報を目立たない形で埋め込む技術です。埋め込む側(送信者)と取り出す側(受信者)が「どこに、どうやって隠すか」を共有していることで、第三者には“普通のデータ”に見えるまま情報を受け渡しできます。

ポイントは、情報を読めない形に変換する(暗号化)のではなく、情報の存在そのものを気づかれにくくする点にあります。つまり「内容を守る」よりも「気配を消す」ことに寄った発想です。

ステガノグラフィの特性

ステガノグラフィの特徴は、データの見た目や聞こえ方を大きく変えずに、情報を埋め込めることです。暗号文のように“それっぽさ”が表に出にくいため、状況によっては監視や検閲をかいくぐりやすくなります。

一方で、元データに対して何らかの変更を加える以上、編集や圧縮、形式変換によって埋め込んだ情報が壊れることがあります。見えにくい反面、扱いを誤ると簡単に消える点は、実務上の注意点です。

暗号化との違い

暗号化は「内容が読めない」状態にしますが、暗号化されている事実は隠しません。暗号文は目で見ても“普通ではない”ため、第三者に「何かを守っている」こと自体は伝わります。

一方でステガノグラフィは、情報を画像や音声などに溶け込ませることで、第三者には“普通のファイル”として扱わせます。したがって、暗号化=中身を守るステガノグラフィ=存在を隠すという役割の違いがあります。

実際には、まず暗号化してからステガノグラフィで埋め込む、という併用もあります。この場合、仮に埋め込みが見つかっても中身は暗号化されているため、二段構えになります。

ステガノグラフィの具体的な技術・手法

ステガノグラフィにはさまざまな実装があります。ここでは代表的な考え方を、技術の方向性ごとに押さえます。

画像ステガノグラフィ

画像に情報を隠す手法は、理解しやすい典型例です。最も有名なのはLSB(Least Significant Bit)の考え方で、画素データの“影響が小さい部分”に情報を埋め込みます。見た目の変化が小さいため、人間の目では気づきにくいという利点があります。

もう一つの方向性は、画像の圧縮や変換の仕組みを前提にした埋め込みです。たとえばJPEGのように周波数成分を扱う方式では、画素の値そのものではなく、変換後の係数に手を入れる設計が選ばれることがあります。これにより、単純な編集に対する耐性を狙う場合があります。

ただし、SNSへのアップロード時の再圧縮、画像編集ソフトでの保存し直し、形式変換などが入ると、埋め込み情報は失われやすくなります。「送ったつもりでも届いていない」という事故が起こり得るため、運用面の設計が重要です。

音声・動画ステガノグラフィ

音声や動画も、見た目(聞こえ方)を大きく変えずに情報を混ぜやすい媒体です。音声であれば、人間が違いを感じにくい帯域や微小な変化を使う設計が取られます。動画では、フレーム間の微小な変化や圧縮処理の特性を利用する方向性があります。

ただし、音声や動画は圧縮や編集が前提になりやすい媒体です。変換をまたいでも残る方式を狙うのか、短距離(変換なし)での受け渡しを想定するのかで設計が変わります。

文書・テキストステガノグラフィ

テキストでもステガノグラフィは成立します。たとえば、空白の入れ方、改行の位置、同義語の使い分け、表記ゆれ、句読点などを“規則化”して情報を持たせる方法があります。

一方で、テキストは校正・整形・CMSの自動整形などで簡単に崩れます。見出し構造や空白が自動で変換される環境では、意図せず情報が失われることが多いため、実務用途では注意が必要です。

ネットワーク(通信)ステガノグラフィ

ファイルではなく、通信のふるまいに情報を隠す方向性もあります。たとえば、パケットの並び、送信タイミング、特定フィールドの揺らぎなどを使って、別の情報を運ぶ考え方です。

この領域は、一般的な監視では「普通の通信」に見える場合があり、検出や分析が難しくなることがあります。運用側にとっては、通信の異常検知やフォレンジックの難易度が上がる点が課題になります。

ステガノグラフィの利用分野

ステガノグラフィには正当な用途もあり、すべてが悪というわけではありません。ここでは“使われ方”を整理します。

著作権管理・権利主張

代表例は、デジタルコンテンツに権利情報や識別情報を埋め込む用途です。一般に電子透かし(デジタルウォーターマーク)と呼ばれる領域と近く、コンテンツがコピーされても出所を追えるようにする発想です。

ただし、著作権保護の文脈では「強い耐性(編集や圧縮でも残る)」が求められることが多く、単純な埋め込みでは不足する場合があります。目的に合った方式設計が必要です。

改ざん検知・真正性の補助

「このデータが意図せず書き換わっていないか」を確認するために、検査用の情報を埋め込む設計もあります。改ざんされると埋め込み情報が崩れるため、異常の手がかりになります。

ただし、これだけで完全な改ざん対策になるわけではありません。署名やハッシュ、アクセス制御など、他の対策と組み合わせて“補助的に使う”位置づけが現実的です。

プライバシー・機微情報の取り扱い

機微情報をそのまま表に出さずに、必要な関係者だけが取り出せる形にする、という意図で言及されることがあります。ただし、実務では「見えないこと」自体がリスクになる場合もあります。監査やガバナンスの観点から、組織として許容するかどうかの判断が必要です。

ステガノグラフィの悪用とセキュリティ上の論点

ステガノグラフィが問題になりやすいのは、攻撃者が“気づかれにくさ”を武器にできる点です。特に「画像に見えるのに中身は別物」という状況は、検査の難易度を上げます。

マルウェア配布・検出回避への悪用

悪用例としてよく語られるのが、画像や音声などに悪意のあるデータを埋め込み、配布・受け渡しに使うケースです。ファイル自体は“画像”に見えるため、取り扱いルールが緩い環境では通ってしまうことがあります。

ただし、ステガノグラフィだけで感染が成立するわけではありません。実際の侵害では、ダウンローダや不正な実行経路、脆弱性の悪用など、別の要素と組み合わさって被害になります。つまり、ステガノグラフィは「隠す」役割を担うことが多い、という整理が安全です。

情報持ち出し(データ流出)の隠れみの

組織内の機密情報を、画像や動画に埋め込んで外部へ持ち出す、といった発想も理屈としては成立します。通常の添付ファイルやアップロードに紛れやすいため、検知が遅れるリスクがあります。

この場合の論点は、技術というより運用です。許可されていない経路での外部送信、私物クラウドへのアップロード、監査ログの不足などが重なると、発見が難しくなります。

ステガノグラフィへの対策と検出の考え方

「すべてのステガノグラフィを確実に検出する」ことは現実的に難しい場面があります。そのため、目的を分けて考えることが重要です。すなわち、怪しいものを減らす侵害の成立条件を潰す見つけやすい運用に寄せるという発想です。

ステガナリシス(Steganalysis)の活用

ステガナリシスは、ステガノグラフィによる埋め込みの痕跡を分析する考え方です。統計的な偏り、画像特性の不自然さ、既知ツールの特徴などを手がかりにします。

ただし、ステガナリシスは万能ではありません。対象形式、想定される手法、分析コストによって精度や現実性が変わるため、「どの範囲を守りたいのか」を決めた上で導入を検討するのが現実的です。

入口対策:持ち込み・持ち出しの管理

実務で効きやすいのは、ファイルを“見た目”だけで信用しない運用です。たとえば、外部から入ってくる画像・文書の取り扱いルール、実行ファイルの遮断、サンドボックスでの検査、拡張子偽装の検知など、基本対策が土台になります。

また、持ち出し側では、DLP(情報漏えい対策)、プロキシログ、CASB、監査ログの整備など「外部送信の可視化」を進めることが重要です。ステガノグラフィの有無を断定できなくても、異常な送信行動を検知できれば、対処の糸口になります。

感染成立条件を潰す:パッチと権限管理

仮に“隠された何か”が届いたとしても、実行されなければ被害は成立しません。OS・ブラウザ・アプリケーションの更新、マクロやスクリプトの制御、最小権限、実行制御(アプリ制御)といった基本が、結果的にステガノグラフィ悪用にも効きます。

まとめ

ステガノグラフィは、データの中に別の情報を埋め込み、存在を気づかれにくくする技術です。暗号化が「読めなくする」のに対し、ステガノグラフィは「気づかせにくくする」という違いがあります。

著作権管理や改ざん検知の補助など正当な用途もある一方で、検出回避や情報持ち出しの隠れみのとして悪用される可能性もあります。対策では、検出技術だけに頼らず、入口管理・可視化・感染成立条件の抑止といった運用の積み上げが重要です。

FAQ:ステガノグラフィに関するよくある質問

Q.ステガノグラフィとは何ですか?

画像や音声などのデータの中に別の情報を目立たない形で埋め込む技術です。

Q.暗号化と何が違うのですか?

暗号化は内容を読めなくしますが、ステガノグラフィは情報の存在自体を気づかれにくくします。

Q.ステガノグラフィは違法な技術ですか?

技術自体は違法ではなく、著作権管理など正当な用途でも使われます。

Q.画像に情報を隠すと見た目は変わりますか?

多くの手法は変化を小さくしますが、圧縮や編集で埋め込み情報が壊れることがあります。

Q.SNSに投稿した画像でも隠し情報は残りますか?

再圧縮や形式変換が入ることが多く、残らない場合があります。

Q.悪用されると何が困りますか?

マルウェア配布や情報持ち出しを“普通のファイル”に見せかけて行う足がかりになり得ます。

Q.ステガノグラフィは検出できますか?

ステガナリシスなどで分析できますが、万能ではないため運用面の対策も重要です。

Q.対策として何から始めるべきですか?

持ち込み・持ち出しの管理、ログの可視化、実行制御やパッチ適用など基本対策の徹底が効果的です。

Q.暗号化と併用する意味はありますか?

あります。埋め込みが見つかっても中身が暗号化されていれば情報漏えいを抑えられます。

Q.ステガノグラフィは「完全性保証」に使えますか?

補助的には使えますが、署名やハッシュなど他の仕組みと組み合わせる前提が安全です。

記事を書いた人

ソリトンシステムズ・マーケティングチーム