UnsplashのMiguel A Amutioが撮影した写真
企業の不正や法令違反は、社内の「気づき」で早い段階で止められることがあります。一方で、通報した人が不利益を受けるのであれば、声は上がりにくくなります。公益通報者保護法は、こうしたギャップを埋めるための法律です。本記事では、誰が・何を・どこへ通報した場合に保護の対象になり得るのか、企業側にどんな体制整備が求められるのかを整理し、実務で判断できる状態を目指します。
公益通報者保護法は、勤務先等における通報対象事実について、法律で定められた通報先へ、不正の目的ではなく通報した「公益通報者」を保護し、不正の早期発見と是正を促すための法律です。公益通報をしたことを理由として行われる解雇や降格その他の不利益な取扱いを禁じ、企業には内部通報に適切に対応するための体制整備も求めます。
制度の目的は、大きく次の2つです。
ポイントは「何でも通報すれば保護」ではなく、通報対象事実・通報先・要件が整理された枠組みの中で保護される点です。後述する「通報対象事実」と「通報先・要件」を確認しておくと、制度の使いどころが見えてきます。
保護の対象は、いわゆる正社員だけではありません。実務上は、法律上の「公益通報者」が自社の誰に当たり得るのかを先に整理しておくと、運用がぶれにくくなります。
中心となるのは労働者(派遣労働者を含む)です。現場で不正に気づく可能性が高い層であり、内部通報制度の設計でも主たる利用者になります。
改正により、退職後1年以内の退職者や、役員も保護対象に含まれる枠組みが整備されています。特に退職者は「辞めた後に問題が表面化する」ケースで論点になりやすい層です。
ただし、役員については、労働者と同じ「解雇」という形を取らない場合もあり、通報後の扱いをめぐる論点が異なり得ます。「誰がどの保護を受け得るか」は、社内規程や相談窓口の説明で誤解が生じないよう整理しておく必要があります。
公益通報者保護法が対象とするのは、勤務先等における「通報対象事実」です。ここを曖昧にすると、制度の対象外の相談(ハラスメント一般、労使紛争の主張など)と混ざり、窓口の処理が詰まりやすくなります。
通報対象事実は、国民の生命・身体・財産等の保護にかかわる法令に基づく不正のうち、刑事罰または過料の対象となる法令違反行為などに関するものです。対象となり得る分野は幅広い一方で、すべての社内問題が直ちに公益通報の対象になるわけではありません。
社内で問題になりやすい例として、次のような混同があります。
これらは「相談」として受け止める価値はありますが、公益通報としての保護要件に当てはまるかは別問題です。窓口では、通報内容を「法令違反(通報対象事実)に接続できるか」という観点で切り分けると実務が回りやすくなります。
公益通報は、主に「事業者への通報(内部)」「行政機関への通報」「報道機関等への通報」に整理できます。保護されるための条件が異なるため、社内向けの周知ではここを重要事項として説明すると誤解を減らせます。
社内の通報窓口への連絡だけでなく、通報対象事実に関する上司への報告が内部通報に当たり得る点が実務上のポイントです。現場はまず上長に相談しがちなため、「それも制度の射程に入る」前提で、窓口側の受け皿(連携・記録・差別取扱い防止)を設計します。
行政機関への通報では、通報対象事実について処分や勧告などの権限を有する行政機関であることが重要です。また、内部通報よりも要件が厳格になる場面があり、たとえば「不正があると信ずるに足りる相当の理由」が求められる類型があります。
実務では、通報者側が「どこに通報すればよいか」を判断できないことも多いため、社内制度としては、窓口が所管官庁や適切な相談先の情報を案内できる状態にしておくと、通報の迷走を防げます。
報道機関等への通報は、内部通報や行政機関への通報よりも、保護されるための条件が厳しくなる類型があります。典型的には、内部通報では不利益を受けるおそれが高い場合や、生命・身体への危害や財産への重大な損害が差し迫る場合など、外部公表が必要と認められる事情が論点になります。
企業側の実務としては、「報道に出たらアウト」ではなく、内部通報で止められる設計(迅速な初動・独立性・秘密保持)ができていたかが、結果として問われます。
保護の中心は、不利益取扱いの禁止です。制度は「通報した人を守る」だけでなく、「通報が機能することで不正を止める」ことを狙って設計されています。
公益通報を理由として行われたと評価される解雇は無効とされ得ます。また、降格・減給その他の不利益取扱い(配置転換や嫌がらせ等も含まれ得る)は禁止されます。
実務上は「通報を理由とする」ことの立証や評価が争点になりやすいため、企業側は、通報後の人事・処遇判断について、根拠とプロセスを記録できる運用にしておくことが重要です。
一定の要件を満たす通報については、通報者が直ちに損害賠償責任を負うとはされにくいと整理されています。ただし、虚偽や不正目的の通報はこの限りではなく、通報者に「萎縮」を生じさせない説明と、不正な通報を抑止する設計の両立が必要です。
改正により、企業には「内部通報に適切に対応するための体制整備」が求められます。ここが制度運用の中核です。
企業は、内部通報を受け付け、調査し、是正するための体制を整備する必要があります。代表的な事項は次の通りです。
なお、常時使用する労働者が300人を超える事業者には体制整備が義務付けられ、300人以下の事業者は努力義務とされています。ただし、「小規模だから何もしなくてよい」という意味ではありません。実務上は、規模に応じた簡素な設計(外部窓口の活用、委託の活用等)を検討するのが現実的です。
体制整備の実効性を確保するため、義務に関して助言・指導、勧告、勧告に従わない場合の公表といった行政措置が想定されています。さらに、行政から求められた報告に応じない、または虚偽の報告をするなどの場合は、過料の対象となり得ます。つまり、内部通報制度は「任意の社内施策」ではなく、一定の外部評価・監督の射程に入る領域です。
内部調査等の従事者には、通報者を特定させる情報の秘密を守ることが求められます。正当な理由なくこれを漏らした場合、罰則の対象となり得るため、次の観点での設計が欠かせません。
制度の要件としてだけでなく、通報者が「ここなら話せる」と感じられる運用になっているかが、最終的な利用率と早期是正の成否を分けます。
公益通報者保護法は通報を後押しする制度ですが、通報者側にも「要件に沿った通報」を意識してもらうことが重要です。企業としても、通報者が誤って不利な状況に陥らないよう、ガイドを提示できる状態にしておくと運用が安定します。
通報は「相手を貶めるため」や「私怨のため」で行うものではありません。制度上も、不正目的ではないことが前提になります。社内の周知では、通報は“公益のための是正手段”であることを、短い言葉で繰り返し伝えるのが効果的です。
「相当の理由」が求められる類型では、目撃・記録・メール・ログなど、根拠となる情報が重要です。ただし、通報者に過剰な立証負担を求めると萎縮につながるため、企業側は「分かる範囲でよい」「まず相談してよい」という入口を用意し、調査の責任を組織側が引き受ける設計が望まれます。
行政機関や報道機関等への通報は、通報先によって保護要件が異なり、内部通報より厳しくなる場合があります。社内制度としては、外部通報を抑え込むのではなく、内部で迅速・公正に扱える状態を整えたうえで、「どの通報先が適切か」を案内できる体制を持つことが現実的です。
公益通報者保護法は、通報者を守ることで不正の早期是正を促す法律です。保護されるかどうかは、通報対象事実に当たるか、どこへ通報したか、そして要件を満たすかで変わります。企業側は、内部通報窓口・調査是正プロセス・従事者の指定・秘密保持を中核とする体制整備が求められます。制度を「置くだけ」にせず、実際に機能させることが、リスクの最小化と信頼の維持につながります。
通報対象事実について、所定の通報先へ要件を満たして通報した労働者等、退職者や役員などを、不利益取扱いから守るための法律です。
勤務先等で発生している(または発生しようとしている)通報対象事実について、事業者、行政機関、報道機関等へ通報することを指します。
国民の生命・身体・財産等の保護にかかわる法令に基づく不正のうち、刑事罰や過料の対象となる法令違反行為などを指します。
通報対象事実に関する内容であれば、上司への報告も内部通報として扱われ得ます。
公益通報を理由とする不利益取扱いは禁止されており、配置転換や嫌がらせなども問題になり得ます。
常時使用する労働者が300人を超える事業者には体制整備義務があり、300人以下の事業者は努力義務とされています。
内部通報を受け、調査や是正措置を担う公益通報対応業務に従事する者として、事業者が定める担当者のことです。
調査の必要上、限定された担当者が把握する場合はありますが、通報者を特定させる情報の管理と秘密保持が強く求められます。
保護される場合がありますが、通報先によって保護要件が異なり、行政機関や報道機関等への通報では内部通報より厳しい条件が求められる場合があります。
受付から調査・是正までの手順を明文化し、秘密保持と独立性を確保したうえで、教育と周知を継続することが重要です。