リモートワークやクラウド利用が当たり前になった今、社内ネットワークの「内と外」を分けるだけでは、業務のアクセスを安全にさばききれなくなっています。本記事では、アクセスのたびに「ユーザーと端末を確認し、必要最小限だけ許可する」考え方を実装するZTNA(Zero Trust Network Access)を取り上げ、VPNとの違い、導入メリット、設計・運用の要点まで整理します。読了後には、ZTNAが自社のリモートアクセス課題に対して「どこに効くのか/何が前提になるのか」を判断できるようになります。
ZTNA(Zero Trust Network Access)は、社内外を問わずアクセス要求をいったん信頼しない前提で評価し、条件を満たす場合にのみ業務リソースへの接続を許可するアクセス制御の考え方です。ポイントは「ネットワークに入れる」ことではなく、特定のアプリケーションやサービスに対して、ユーザー・端末状態・状況(場所、時間、ネットワーク種別など)に基づいて許可を出す設計になりやすい点にあります。
従来はファイアウォールを中心に、社内ネットワークとインターネットの境界で守るモデルが主流でした。社内にサーバーや業務システムが集約されていた時代は合理的でしたが、SaaSの増加、外部委託の拡大、モバイル端末の常用により、「守るべき資産」と「アクセスする人・端末」が境界の外に広がりました。
この結果、境界を固めても、誰が・どの端末で・何にアクセスしているかを細かく制御することが難しくなります。ZTNAは、信頼の前提を「場所」から「検証結果」へ移し、分散した業務環境に合わせてアクセスを設計し直すアプローチです。
ZTNAの狙いは、次の3点に集約されます。
「安全のために不便にする」ことが目的ではありません。業務を回しつつ、侵害が起きた場合でも被害が広がりにくい構造(到達範囲の最小化)を作ることが重要です。
ZTNAはしばしばVPNの代替として語られますが、両者は設計の発想が異なります。ここを整理しておくと、導入検討で迷いにくくなります。
VPN(Virtual Private Network)は、インターネット上に暗号化されたトンネルを作り、遠隔地から社内ネットワークへ安全に接続する技術です。長年の実績があり、レガシーな社内システムへも接続しやすいのが利点です。
一方で運用次第では、VPN接続後に社内ネットワークへ広く到達できる構成になりやすく、「一度入ると見える範囲が広い」状態が生まれます。資格情報が盗まれた場合、侵害者が社内側へ横に動きやすくなるため、権限設計・ネットワーク分離・監視を別途きちんと行う必要があります。
ZTNAは、ユーザーを社内ネットワークへ参加させるのではなく、アプリケーション(またはリソース)単位でアクセスを許可する設計になりやすいのが特徴です。許可の判断には、ユーザーの認証(SSO/MFAなど)だけでなく、端末状態(パッチ適用、暗号化、EDR稼働など)やアクセス状況(場所、時間、ネットワーク種別)を組み合わせられます。
結果として、次のような違いが出ます。
なお、現実には「全てを一気に置き換える」よりも、WebアプリやSaaSなど移行しやすい対象からZTNAへ寄せ、レガシー領域は当面VPNを併用する段階移行がよく採られます。
ZTNAは製品や実装方式によって細部が異なりますが、考え方としては「入口で確かめ、通す範囲を絞り、記録して見直す」という流れが基本です。
ZTNAの中心は、ユーザーが誰かを確実にすることです。一般的にはIdP(Identity Provider)を使ったSSOと、多要素認証(MFA)を組み合わせ、役割(ロール)や所属に応じて許可対象を制御します。
例えば同じ社員でも、経理システムの管理画面に入る場合は「追加認証が必須」、閲覧のみなら「通常認証で可」といった設計ができます。ここで重要なのは、権限を「人」だけで決めず、アクセス先の重要度も合わせて決めることです。
ユーザーが正しくても、端末が危険な状態ならリスクは残ります。ZTNAでは端末状態を条件にできることが多く、例えば次のような判断が可能です。
実務では「全部の端末に同じ条件」を一気に適用すると業務が止まりがちです。まずは重要度の高いアプリから条件を厳しくし、段階的に広げる方が安定します。
ZTNAは、アクセス先を「社内ネットワーク全体」ではなく「特定のアプリやサービス」に寄せることで、許可範囲を小さくします。例えば、同じ社内に複数の業務システムがあっても、ユーザーが必要なものだけに到達できる構造を作れます。
この構造は、侵害が起きた際の被害範囲を抑えるのに有効です。特に、リモートアクセスで狙われやすい「管理系」「運用系」「基幹系」は、アプリ単位で入口を分け、権限と監視を厚くすることが基本戦略になります。
ZTNAは「安全になる」だけでなく、「設計と運用が整理される」ことで、結果として業務の回し方にも影響を与えます。代表的なメリットを、実務目線で整理します。
ZTNAは最小権限を前提に、許可対象をアプリ単位にしやすいため、資格情報が盗まれても「どこまで行けるか」を抑えやすくなります。VPNのように社内ネットワークへ広く入れる設計だと、侵害後の横展開を別途止める仕組みが必要になりますが、ZTNAは入口の設計段階で抑止しやすいのが利点です。
アクセス元が社内か社外かよりも、「誰が何にアクセスするか」が重要な環境では、ZTNAの設計が素直にハマりやすくなります。海外出張、協力会社の一時参加、在宅勤務など、アクセス元が多様化しても、ルールを「状況」に寄せて設計できます。
現場では例外が必ず出ます。例えば「期限付きで協力会社に特定アプリだけ開けたい」「深夜帯は管理者操作を制限したい」などです。ZTNAはポリシーで表現できる範囲が広いことが多く、場当たりの設定変更ではなく、運用ルールとして残しやすい点がメリットになります。
ZTNAは製品を入れれば完了、というより「アクセス設計を作り直す」取り組みです。失敗しやすいのは、棚卸しや優先順位付けが曖昧なまま、いきなり全社展開しようとするケースです。
まず「誰が、どこから、何に、どんな操作をしているか」を棚卸しします。最低限、次の観点が必要です。
棚卸しの目的は「全部を正確に書くこと」ではなく、優先順位を付けられる状態を作ることです。特に、機密度が高いアプリと、利用者が多いアプリは、要件が衝突しやすいので先に押さえます。
次に、守るべき対象(アプリ)ごとに入口の設計をします。例えば、次のような切り分けが現実的です。
ここで「全部に同じ厳しさ」を当てると、業務影響が大きくなります。重要度と影響度で段階を作り、現場が回るところから始めます。
ZTNAのテストは「接続できるか」だけでは不十分です。運用シナリオで確認します。
最初は対象アプリや部署を絞り、問い合わせ対応や例外処理を含めて「回る形」を作ってから広げるのが安全です。
導入後はログを見て、ポリシーを見直すことで成熟します。典型的には、次のような改善が起きます。
運用の要点は、セキュリティを上げることと、業務を止めないことの両立です。そのために「優先度の高いところに力を使う」設計が重要になります。
ZTNAは万能ではありません。導入前に押さえておくべき注意点を整理します。
対象アプリが古い通信方式や専用クライアントを前提にしている場合、ZTNAの方式によっては適用が難しいことがあります。また、認証基盤(ディレクトリ、IdP)や端末管理(MDM/EDR)と連携できないと、ZTNAの強み(条件付き制御)が出しにくくなります。事前に「どのアプリを対象にできるか」を切り分けることが重要です。
ZTNAは細かく設計できますが、最初から粒度を上げ過ぎると運用が破綻します。初期は「ルールを少なく、例外も吸収できる」形で開始し、ログと問い合わせを見ながら段階的に強化する方が現実的です。
導入後に混乱が起きる典型は、現場が「なぜアクセスできないのか」「どう直せば良いのか」を理解できない状態です。端末条件を使う場合は、満たすべき条件と、満たさない場合の救済策(手順・問い合わせ先)を明確にし、定着させる必要があります。
ZTNA(Zero Trust Network Access)は、アクセスのたびにユーザーと端末を検証し、必要最小限の範囲で業務リソースへの接続を許可するアクセス制御のアプローチです。VPNのように社内ネットワークへ入れる発想から一歩進み、アプリ単位・条件単位で許可を出すことで、リモートワークやクラウド利用が前提の環境に合わせた設計をしやすくなります。
一方で、ZTNAは導入すれば自動的に安全になるものではありません。棚卸しと優先順位付け、入口の設計、段階展開、ログに基づく改善といった運用を前提にすることで、業務を止めずにセキュリティ水準を上げやすくなります。まずは重要度が高く、効果が出やすい対象(管理系・機密系など)から着手し、現場で回る形を作るのが現実的な進め方です。
アクセスのたびにユーザーと端末を検証し、必要最小限の範囲で特定アプリやリソースへの接続を許可するアクセス制御の考え方です。
VPNは社内ネットワークへ接続させる仕組みで、到達範囲の設計が別途必要です。ZTNAはアプリ単位で許可し、条件に応じて制御を変えやすい点が特徴です。
環境によります。Webアプリ中心なら置き換えを進めやすい一方、レガシーな方式や専用クライアントのシステムは併用や段階移行が現実的です。
誰がどこから何にアクセスしているかを棚卸しし、重要度の高いアプリと優先順位を決めることです。
できます。OS更新状況や暗号化、EDR稼働などを条件にし、満たさない場合は拒否や追加認証、権限制限をかける設計が可能です。
なりません。到達範囲の最小化で被害拡大を抑えやすくなりますが、設計と運用、監視と改善が前提です。
棚卸し不足、ポリシーの作り込み過ぎ、例外運用の未整備、端末条件が整わないままの展開が典型です。
良い場合が多いです。アプリ単位で許可を出す設計がしやすく、場所ではなく条件で制御できるためです。
推奨しません。重要度の高い対象から小さく始め、問い合わせ対応や例外処理まで回る形を作ってから段階的に広げるのが安全です。
アクセスログを基にポリシーを見直し、例外を整理し、重要アプリの監査や制御を強化していく継続的な改善が必要です。