トレンド解説

フェールソフトとは? 事例や目的を分かりやすく解説

アイキャッチ
目次

現代社会において情報技術(IT)は欠かせない存在であり、日常生活やビジネス活動は、様々なITシステムによって支えられています。しかし、これらは、時としてシステム障害に見舞われることがあります。その時、システム・サービスが直ちに停止してしまうのか、それとも何らかの形で動作を続けるのかを分かつのが「フェールソフト」というアプローチです。

フェールソフトとは、システムの一部に障害が発生した場合に、全体の機能が完全に停止することなく、縮退しつつも動作しつづける設計思想です。今回は、このフェールソフトという概念とその重要性について、分かりやすく解説します。

フェールソフトを分かりやすく解説

「フェールソフト」は、システムの一部が故障しても、完全に停止せずに最低限の動作を続けることを指す設計思想で、英語では "Fail Soft" あるいは "Graceful Degradation" と表現されます。"Fail Soft"は直訳すると「ソフトに失敗する」、"Graceful Degradation"は「優雅な劣化」となりますが、いずれも一部の故障によって全体が停止することなく、可能な限り機能を続けるという意味になります。

フェールソフトは、システムに障害が発生したときに、機能を全面的に停止させず、一部の機能・性能を落とすことでサービスを維持します。全体のサービスを提供し続けることで、ジネスの継続を図ります。また、不慮のシステム停止から引き起こされる可能性のあるセキュリティリスクやデータ損失を回避する役割もあります。

「フェールソフト」と似た単語に、「フェールセーフ」があります。英語では "Fail Safe" といい、直訳すると「安全に失敗する」となります。フェールセーフは、何らかの障害や異常が発生した場合に、システムを最も安全な状態に移行させた後に停止させることを目指す考え方です。つまり、安全性を最優先にしています。

一方、今回のテーマであるフェールソフトは、システムの一部に障害が発生した場合でも、可能な限り機能を提供し続けることを目指します。フェールソフトとフェールセーフは異なるアプローチであり、設計時にどちらの考え方を優先するかは、システムの要求性能や目的によります。

フェールソフトの例

フェールソフト(Fail soft)は、システムや装置が故障した場合でも、最小限の機能を維持し、それにより悪影響や危険を最小限に抑える設計です。以下に、例を示しフェールセーフの意義を詳しく説明します。

パラシュート

スカイダイビングでは、メインのパラシュートとリザーブ(予備)のパラシュートが装備されています。メインのパラシュートが開かないとき、リザーブパラシュートが開くことでダイバーの生命を守ります。

航空機のエンジン

商業旅客機は多くの場合、複数のエンジンを備えています。一つのエンジンが故障したとしても、他のエンジンで飛行を続けることが可能です。これにより、乗客の安全を最優先にすると同時に、予定された目的地への到達も可能となります。

火災報知器

ビルや住宅では、各部屋に火災報知器が設置されています。一つの報知器が故障しても、他の報知器が火災を検知し警報を発することで、早期に避難する機会を提供します。

自家発電機

病院やデータセンターなどの重要な施設では、主電源が停止した場合に備えて予備の自家発電機が設けられています。これにより、電力供給が途絶した場合でも、医療機器の動作やデータの保全など、最低限の業務を継続することができます。

衛星通信

GPSなどの衛星ベースのシステムは、複数の衛星を使って位置情報を提供します。一つの衛星が故障したとしても、他の衛星からの信号を使ってシステムは正確な位置情報を提供し続けます。



以上の例からも分かるように、フェールソフトは技術的な故障が発生した場合でも、システム全体の安全性と機能性を確保するための重要な設計原則です。

ITの分野でフェールソフトが注目されている背景

現在、フェールソフトというアプローチが注目されている背景には、社会環境やIT環境の変化、そして部品が故障するのは避けられないという認識があります。

現代社会において、ITシステムは私たちの生活やビジネス活動における中心的な役割を果たすようになりました。これにより、システムの一部が故障しても、全体としては機能し続けることが求められるようになっています。オンラインショップ、遠隔医療、リモートワークなど、ITシステムが停止すると個人だけでなく企業や社会全体にも影響を及ぼすためです。このような背景もあり、フェールソフトの重要性はますます増しています。

フェールソフトが注目されている背景には、IT環境の大きな流れも関係しています。クラウドコンピューティングが普及し、ITシステムはより大規模で分散した環境で提供されるようになりました。複雑かつ広範なシステムでは、どこかの部品が故障する事態が常に発生します。クラウドサービスを提供する事業者は、システムは故障するものであるという認識のもと、故障した場合にどのように振る舞うべきかを設計段階から検討すしなければなりません。

さらに、法令やガイドラインの影響も無視できません。多くのガイドラインでは企業の事業継続計画(BCP)などに関係し、一部のシステムが故障しても、全体のサービスを継続できるような設計が推奨されています。これらを実現するために、フェールソフトのアプローチが重要になります。

以上から、フェールソフトのアプローチは、近年の社会環境やIT環境の変化を反映した結果として注目されているのです。

フェールソフトが関係するIT事例

フェールソフトのアプローチがどのように実世界のIT環境に影響を及ぼすかを理解するために、いくつかの具体的な事例を想定してみましょう。

まず、フェールソフトが不十分な場合にどのような問題が生じるかを示す想定事例です。

【事例1】大手製造業のA社では、ある日、工場の製造ラインの制御システムが突如停止。調査の結果、一部の機器の故障が原因であることがわかりました。故障した部品自体は“ささいな”役割を果たすモノに過ぎませんでしたが、その故障がシステム全体の停止を引き起こし、結果として製造が停止。大幅な生産遅延と損失が発生しました。

【事例2】B社は、オンラインショッピングサイトを運営しています。ある日、サイトの決済システムに不具合が発生し、数時間にわたり決済ができない状況が続きました。システムがフェールソフトに対応していなかったため、一部の機能の故障が全体の機能停止を招き、大量の売上機会損失が発生しました。

次に、フェールソフトのアプローチが適切に行われた場合の事例を見てみましょう。

【事例3】C社の営業部では、クラウドを利用した営業支援システムを導入しています。ある日、一部のサーバーが故障しましたが、システムがフェールソフト設計に基づいていたため、他のサーバーが自動的にその役割を引き継ぎ、営業活動に影響を与えることはありませんでした。

【事例4】D社はデータセンターを運営しています。データセンター内の一部の冷却装置が故障した際にも、その影響を他の冷却装置がカバーするフェールソフト設計により、データセンター全体の運用には影響が出ませんでした。

フェールソフト設計が不十分な場合、一部の故障が全体のシステム停止を引き起こし、業務に重大な影響を及ぼす可能性があることがわかります。その一方で、フェールソフトのアプローチが適切に導入されていると、一部の故障でも全体のシステムが正常に稼働を続け、事業への影響を最小限に抑えることができるという点が明確になります。

フェールソフトという考え方は、ITシステムの設計や運用において非常に重要な位置を占めています。それは、単にシステムの「堅牢性」や「信頼性」だけでなく、「故障時の振る舞い」を計画し、その上でシステムを設計・運用することが求められているのです。システムには必ず故障が含まれているという前提に立ち、それを如何に「柔軟に」対処するかが重要です。これはITシステムだけでなく、製造業からサービス業、公共インフラまで、幅広い分野において当てはまる考え方と言えるでしょう。

フェールソフトの実現方法

フェールソフト設計を達成するための具体的な実現方法を理解することは、このアプローチの効果を十分に引きだすために重要です。ここでは4つの主要な手法について、例に挙げてみます。

冗長化

冗長化は、システム内の重要なパーツ・構成要素を複数用意し、一方が故障した際にも、残りがカバーし、システム全体の動作を維持します。たとえば、データセンターでは通常、複数のサーバーや冷却装置が設置されており、一部のハードウェアが故障しても、他のハードウェアがその役割を引き継ぐことでサービスを継続できます。冗長性を設計に取り入れることで、システムの堅牢性と信頼性が向上し、故障時でもダウンタイムを最小限に抑えることが可能となります。

分散化

分散化は、システムを物理的または論理的に複数の部分に分割し、一部が故障しても他の部分が正常に機能し続けるという考え方です。例えば、クラウドコンピューティングでは、データや処理を複数のサーバーに分散させ、単一の故障点を排除します。これにより、一部のシステムが故障したとしても、他の部分が機能し続けることで、全体のシステムが停止することを防ぎます。



また、単に「壊れた時にどうするか?」だけではなく、障害の兆候を察知し、先回りして対応することも重要です。

自己診断と自己修復

システムが自身の状態を監視し、異常を検知した場合に自動的に修復処理を行うというアプローチです。監視ソフトウェアはシステムのパフォーマンスを監視し、異常な動作を検知した場合には自動的に再起動やリソースの再割り当てなどの修復措置を実施するなどです。これにより問題がユーザーに影響を及ぼす前に解決することが可能となります。自己診断と自己修復をシステムに導入することで、故障からの復旧時間を大幅に短縮し、システムの信頼性と可用性を向上させることができるかもしれません。

予防的なメンテナンス

定期的にシステムの状態をチェックし、予期しない故障を未然に防ぐメンテナンスも大切です。ハードウェアの消耗品の交換やソフトウェアのパッチ適用など、予防的なメンテナンスを行うことで、突発的な故障からシステムを守ることができます。



これらの手法は、単体で使用するだけでなく、組み合わせて使用することで、より効果を発揮します。もちろん、これらの方法を適用する際には、システムの性能やコスト、信頼性など、多くの要素を慎重に考慮する必要があります。フェールソフト設計は「故障しないシステム」を目指すのではなく、「故障に強いシステム」を目指す思想であり、その具体的な実現方法は各システムの特性や要求により、様々です。

フェールソフトの目的と注意点(メリット・デメリット)

フェールソフト設計の採用は、システムの堅牢性を向上させ、サービスの停止を防ぐことを目指しています。それぞれの視点、すなわちユーザー、情報システム担当者、そして経営者の視点で、この設計手法の目的と注意点を探求していきましょう。

ユーザーの視点

ユーザーにとって、フェールソフト設計の目的は、サービスの信頼性と利便性の向上であり、システム全体が停止することなく、計画通りに業務を行えることを意味します。一部の機能が故障したとしてもサービス全体が稼働し続けるため、ユーザーの業務が中断されることはありません。ただし、(見かけ上は)平常状態と変わらないため、故障に気付かないまま、意図せず相応しくない行動をとってしまう可能性もあります。

情報システム担当者の視点

情報システム担当者にとって、フェールソフト設計の目的は、故障が発生したときでもシステムの稼働を続け、最低限のサービスを提供することです。これにより障害対応に必要な時間を落ち着いて確保できます。注意点として、システムの設計や実装、保守が複雑になる可能性があります。

経営者の視点

経営者にとって、フェールソフト設計の目的は、企業のブランドイメージを保護し、顧客満足度を維持することです。サービスが続行されるフェールソフト設計により、ビジネスの中断を最小限に抑え、顧客からの信頼を保つことが可能となります。ただし、フェールソフト設計の導入と維持には高額なコストがかかることを覚悟しなければなりません。



各視点における目的と注意点を理解し、適切なバランスを見つけることで、最高のメリットを得ることができます。フェールソフト設計は初期投資と適切なメンテナンスが必要ですが、その価値はビジネスの連続性と顧客の信頼を確保できます。具体的な実装方法とその適用範囲は、各組織の具体的なニーズと目標によって異なります。

フェールソフトのまとめ

フェールソフトとは、システムの一部が故障した場合でも全体として機能し続けることを目指す考え方です。このアプローチは、今日の複雑で相互依存したIT環境において非常に重要となります。ただし、その実現には高度な技術と知識、そして適切な人的リソースが必要となるため、そのバランスを見極めることが重要です。今後もフェールソフトの考え方は、我々の生活を支えるITシステムの安定性と信頼性を向上させるために重要な存在となるでしょう。

記事を書いた人

ソリトンシステムズ・マーケティングチーム