先日開催された「Security Days Fall 2025」において、株式会社ソリトンシステムズのエバンジェリスト 荒木粧子が「DXを止めないゼロトラスト – サプライチェーン連携に潜む罠と実践的防御策 」と題した講演をおこないました。
株式会社ソリトンシステムズデジタルトランスフォーメーション(DX)は、もはや一企業だけで完結するものではありません。
パートナー企業、サプライヤー、関連会社など、多様な外部組織との協業を前提とした“サプライチェーン全体での取り組み”が一般化しています。こうした連携はビジネスのスピードを高める一方で、ユーザーや端末が混在する複雑な環境をどのように守るのかという、IT部門にとって避けて通れない課題を生み出しています。
本記事では、荒木の講演内容に沿って、クラウドのデフォルト設定に潜む死角、外部組織との連携で顕在化するリスク、そしてそれらを“DXを止めないかたち”で解決するためのアプローチについて、分かりやすく解説します。
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DXの推進は、もはや自社だけで完結するものではなく、パートナー企業やサプライヤー、関連会社などとの協業を前提とする段階に入っています。ビジネススピードを高めるためには、受発注システムや品質管理システムなど、基幹業務に関わるシステムを組織横断で安全に共有することが欠かせません。
当社が2025年5月に実施した調査でも、71%の組織が「外部組織と業務システムを共同利用している」と回答しており、サプライチェーン全体での連携が一般化している状況が明らかになりました。一方で、多様な組織のユーザーや端末が混在する環境を安全に維持することは容易ではなく、多くの企業が対応に苦慮しています。
こうした背景から、従来の境界型セキュリティモデルは限界を迎え、“ゼロトラスト”という新しい前提が不可欠になっています。
従来の専用線で接続されたオンプレミス環境を前提とする「境界型セキュリティ」は、「境界の内側は信頼できる」という考えに基づいていました。しかし、業務システムのクラウドシフトが進んだ現在では、社内外を問わずインターネット経由でアクセスする環境が一般化し、この前提は成立しにくくなっています。この変化への論理的な帰結が、「信頼せず、常に検証する(Never Trust, Always Verify)」を原則とするゼロトラストアーキテクチャです。
ゼロトラストの核心は、アクセスしてくるのが「正しいユーザー」であるかどうかを確実に確認するプロセスにあります。自社の従業員の ID 管理は比較的取り組みやすい一方で、サプライチェーンのように、管理下にない外部組織のユーザーが多数関わる環境では、その管理・検証が急速に複雑になります。荒木が「最大の壁」と指摘したとおり、この外部ユーザー管理こそが、サプライチェーンにおけるゼロトラスト実現を阻む最大の難関となっています。
では、多くの組織は、この困難な課題にどのように向き合おうとしているのでしょうか。
外部ユーザー管理の課題に直面した多くの組織が、ごく自然な選択肢として Microsoft Entra ID のゲストユーザー機能(B2B Collaboration)を利用しています。Microsoft 365 との連携や、多要素認証(MFA)などの統一ポリシーを適用できる点に加え、月間 50,000 アクティブユーザーまで無料で利用できることから、広く採用されています。
しかし、この便利な仕組みのデフォルト設定には、「Restless Guest」と呼ばれる深刻な攻撃ベクトルが潜んでいることが報告されています。Entra ID のデフォルト動作を悪用する手法で、次のように進行します。
こうして、本来なら限定的な権限しか持たないはずのゲストユーザーが、ターゲット環境で強力な権限を持つ状態が成立してしまいます。
まず、セキュリティ管理者やアクセス管理者など、本来は見えないはずの高権限アカウント情報が参照できるため、次に攻撃すべき対象を把握できてしまいます。
さらに深刻なのは、所有者権限を得た攻撃者が、Azure サブスクリプションのポリシー変更により監視を弱めたり、外部からアクセス可能なユーザー割り当てマネージド ID を作成したりできる点です。設定次第では、ゲストアカウント削除後も残り続けるバックドアを作ることすら可能です。
「現在の寛容なデフォルト設定は、Microsoft 社として意図された仕様ですが、ビジネスの観点から見ると簡単に変更できるものではないだろうと考えられます。委託先が構築したサーバー群を本番環境へ迅速に移行するには、所有者権限が自動付与されていたほうが作業が円滑に進むためです。
ビジネススピード重視の現実を踏まえると、クラウドの利便性を享受する一方で、そのリスクを理解し、適切な対策を講じることが、管理者にとって重要な責務になってきたと言えます。」
このリスクを踏まえ、組織はどのような戦略を選択すべきかが問われています。
このリスクに対して、セッションでは2つの戦略的アプローチが提示されました。組織は自社の要件や運用体制に応じて、どちらの方法が適しているかを慎重に判断する必要があります。
このアプローチは、Entra ID のゲスト機能を利用し続けながら、そのリスクを適切に管理・抑制していく方法です。たとえば、ゲスト招待ポリシーを見直して権限を持つ管理者のみが招待できるように制限したり、Azure サブスクリプションの管理権限をより厳格に設定するなどの対策が求められます。ただし、Microsoft 365 のように進化の速いクラウドサービスを安全に活用するには、継続的な情報収集や設定の見直し、有事に対応できる運用体制の整備が欠かせません。
一方、共同作業の目的が必ずしも Entra ID のゲスト機能(B2B コラボレーション)を必要としない場合、外部ユーザーを専用の別ソリューションで管理するという選択肢もあります。これは、リスクを意図的に分離する「リスク分離」の戦略といえます。特定の業務システムへのアクセスだけを許可すればよい場合、自社テナントにゲストとして招き入れ、潜在的なリスクを抱え込む必要はないケースもあります。
セキュリティを確保するうえで MFA の導入や適切なユーザー管理は欠かせませんが、現実のビジネス環境ではそれだけでは十分とは言えません。セッションで紹介された調査データは、IT リーダーが直面する厳しい現実を浮き彫りにしています。ゼロトラスト導入における最大の障壁は経済性(コスト)であり、さらに深刻化する IT 人材不足の中では、運用性(人材・スキル)の面でも扱いやすいシンプルなツールが求められています。
また、調査のフリーコメントからは、多様な関係者が協働するサプライチェーンならではの課題も明らかになりました。どれほど強固なソリューションであっても、生産性(ユーザー負担の軽減)を損なってしまえば現場の抵抗を招き、形骸化してしまうという現実です。
実践的なソリューションには、次の 3 要件をバランスよく満たすことが重要です。
これら 3 つの厳しい要件を満たしたうえで、サプライチェーンセキュリティの課題を解決した 2 社の具体的な事例が続きます。
セッションでは、これら複雑な課題を、ソリトンシステムズの国産 IDaaS「Soliton OneGate」を活用して解決した企業事例が紹介されました。いずれのケースも、画一的なソリューションではなく、自社の状況に最適化されたアプローチを選択した点が成功の鍵となっています。


アイシン様とウィザス様の事例は、重要な戦略的判断を示しています。外部ユーザーを無条件に自社テナントへ招き入れ、「Restless Guest」のようなクラウドサービスのデフォルト設定リスクと向き合うのではなく、必要な範囲でリスクを分離するアプローチを選択した点が共通しています。最も安全なアプローチとは、ビジネス要件に適合したツールを精緻に選び取り、無理のない運用で継続させることである——この事実を示す好例といえるでしょう。
本セッションが伝えた最も重要なメッセージは、DX の進展やサプライチェーン連携の拡大に伴い、外部ユーザー管理がセキュリティの中心的な課題になりつつあるという現実です。「Restless Guest」攻撃の例が示すように、便利さや無料であることだけを理由にツールを選択すると、デフォルト設定に潜むリスクを見落としてしまう危険性があります。一つのツールですべてを解決できるという前提を見直す時期にきているのかもしれません。
今求められているのは、目先の利便性ではなく、自社のビジネスに本当に必要な要件—セキュリティ、ユーザビリティ、運用性、そしてコスト—を丁寧に整理し、サプライチェーンという複雑なエコシステム全体を保護するために最適なツールを戦略的に選択する視点です。
「経営側の要求によって DX をより強く推し進める必要に迫られる一方で、生産性を損なわずにセキュリティを確保しなければならないという板挟みに陥るケースも多くみられます。特にサプライチェーン全体で DX とセキュリティを両立することは、難易度が高いと言わざるを得ません。今回ご紹介した成功事例からも分かるように、ビジネスのスピードを落とさずにセキュリティを高めるには、まず自社の要件を整理し、それに合った対策を講じることが重要です。今回紹介した攻撃手法やリスク、解決例が、皆様の参考になれば幸いです。ソリトンではこうした課題を解決するソリューションをご用意していますので、ちょっとしたことでもお気軽にご相談いただければと思います。」
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