企業のシステムを守るためには、既知の攻撃だけでなく、従来のパターンに当てはまらない未知の脅威にも対応できるセキュリティ対策が求められています。そこで注目されているのが、ユーザやプログラム、ネットワークの「いつもと違う」動きに着目して異常を見抜く「振る舞い検知」です。本記事では、振る舞い検知の仕組みや特徴、導入によるメリット、適用領域、運用上の課題と対策について、わかりやすく解説します。振る舞い検知を既存の対策と組み合わせて活用することで、未知の脅威への対応力を高め、セキュリティ運用の効率化にもつなげることができます。
振る舞い検知とは、システムやネットワーク上で発生する様々な事象を継続的に収集・分析し、通常とは異なる不審な動きを見つけ出すことで脅威を検知する技術です。従来の「攻撃パターン(シグネチャ)」そのものに着目する方法とは異なり、「ふるまい」や「傾向」の変化に着目する点が特徴です。
振る舞い検知は、システム・ネットワーク・ユーザのアクティビティから「通常状態」を把握し、そのパターンからの逸脱を見つけることで、不審なふるまいを検知する技術と定義できます。具体的には、次のような特徴があります。
なお、振る舞い検知といっても、必ずしも高度なAIが必須というわけではありません。シンプルなルールやしきい値ベースから、機械学習・ディープラーニングなど、製品や仕組みによってアプローチは様々です。
振る舞い検知には、次のような特徴があります。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| パターンベース | 事前に定義された攻撃シグネチャではなく、システムやユーザの通常の動作パターンを学習し、それとの差分から異常を検知する。 |
| 適応性 | 業務の繁忙期・深夜バッチ・リモートワークの増加など、利用状況の変化に合わせて、検知モデルやルールを継続的に調整できる。 |
| 包括性 | 既知・未知を問わず、不正アクセス・内部不正・マルウェアの横展開など、ふるまいとして現れる様々な脅威の兆候を横断的に捉えられる。 |
振る舞い検知は、一般的に次のようなプロセスで動作します。
この一連の流れを、機械学習やAI、ルールエンジンなどを組み合わせて自動化することで、高度かつ効率的な異常検知を実現します。例えば、「深夜帯の管理者アカウントによる大量のファイル暗号化」「普段アクセスしない国からのログインと同時期の設定変更」などを、組み合わせてリスクとして検知するといった使い方ができます。
従来のシグネチャベースの検知方法では、既知のマルウェアや攻撃の「特徴的なパターン」を定義し、そのパターンに一致したものをブロックする手法が中心でした。振る舞い検知は、次のような点で従来手法と異なります。
一方で、振る舞い検知であれば必ず誤検知が少なくなる、すべての未知の攻撃を検知できる、といった「万能な技術」ではありません。検知の感度を上げれば誤検知が増えることもありますし、シグネチャベースの検知のほうが効率的なケースも多く存在します。実務では、シグネチャベースの防御と振る舞い検知を組み合わせ、互いの弱点を補完する多層防御が一般的です。
振る舞い検知を導入することで、企業のセキュリティ対策を多面的に強化できます。ここでは、主なメリットを整理します。
従来のシグネチャベースの検知方法では、シグネチャが作成・配布されるまでは新種のマルウェアや攻撃を検知しにくいという課題がありました。一方、振る舞い検知は、「通常とは異なるシステムの動き」そのものを検知対象とするため、未知の手口であっても異常な兆候としていち早く察知できる可能性があります。
例えば、ランサムウェアが暗号化処理を開始する前段階での不審な動き(権限昇格や大量のファイルへのアクセス開始など)を検知し、早期に対応することで被害を小さく抑えられるケースもあります。
振る舞い検知は、不審な動きを検知した時点でアラートを発報し、ダッシュボードや通知を通じてセキュリティ担当者に知らせます。これにより、インシデントの「早期発見・早期対応」がしやすくなり、攻撃者の滞在時間(dwell time)を短縮しやすくなります。
また、振る舞い検知の仕組みが記録する詳細なログや時系列のふるまい情報は、原因分析や被害範囲の特定にも役立ちます。結果として、インシデント対応全体をスムーズに進めやすくなります。
振る舞い検知は、機械学習や分析エンジンを活用して異常を自動検知するため、膨大なログデータをすべて人力で目視確認する必要がなくなり、セキュリティ担当者の負担軽減につながります。アラートの優先度付けや相関分析をシステム側で実施できれば、「どのアラートから確認すべきか」を判断しやすくなる点もメリットです。
もちろん、導入直後はアラートが多く出ることもありますが、チューニングを重ねることで、監視の効率と検知精度のバランスを取っていくことが可能です。
近年、個人情報保護法やGDPRをはじめとする各種法規制においては、組織に対して「適切な技術的・組織的安全管理措置」が求められています。振る舞い検知は、システム上の異常な動きを記録・可視化し、インシデントの早期発見と対応につなげられるため、こうした要求に応えるうえでも有効な仕組みのひとつです。
監査対応の場面でも、「どのような監視を行っているか」「異常時にどのようなアラートが上がるか」といった説明を行いやすくなり、セキュリティ対策の実効性を示しやすくなります。
振る舞い検知は、単一の製品・単一の領域だけで使われるものではなく、様々なセキュリティ分野で活用されています。ここでは主な適用領域を見ていきます。
エンドポイントセキュリティは、PCやサーバ、スマートフォンなどの端末を保護するための対策です。振る舞い検知を適用することで、端末上の不審なプロセス起動やファイル操作、異常な権限昇格、外部との不審な通信などを検知し、マルウェア感染や不正アクセスの兆候を早期に把握できます。
特に、従来型のウイルス対策ソフトでは検知しづらいファイルレスマルウェアや、正規ツールを悪用した攻撃(Living off the Land)などに対して、ふるまいベースの監視が有効に働くケースがあります。
ネットワークセキュリティは、社内ネットワークや拠点間通信を外部・内部の脅威から守るための対策です。振る舞い検知を導入することで、通常とは異なるネットワークトラフィックを検知し、侵入試行(intrusion attempts)や内部からの情報持ち出しの兆候を早期に把握できます。
例えば、特定のサーバに対して短時間に大量の接続要求が集中する、普段アクセスのない宛先への大量通信が発生する、といったパターンは、不正アクセスやマルウェアのC2通信、データの不正送信の兆候である可能性があります。
クラウドサービスの普及に伴い、クラウド上のアカウントやデータを狙った攻撃も増加しています。振る舞い検知を活用すれば、クラウド基盤上のログイン履歴や設定変更、API呼び出し状況などを分析し、アカウントの不正利用や権限の悪用、データ改ざんの兆候などを検知できます。
例として、「普段利用しない国や時間帯からのアクセスが急増した」「管理者権限を持つアカウントで短時間に多数の設定変更が行われた」などの挙動は、振る舞い検知の重要な監視対象になります。
IoT機器の急速な普及に伴い、カメラやセンサー、産業機器などを狙った攻撃も現実のものとなっています。振る舞い検知を適用することで、IoTデバイスの予期せぬ通信や処理負荷の急増などを検知し、ボットネット化や不正操作の兆候を早期に把握できます。
機器ごとの「正常なふるまい」を学習し、それとは異なる挙動を見抜くことで、ソフトウェア更新や設定変更が難しいIoT環境においても、追加の防御レイヤとして機能させることが可能です。
振る舞い検知は有望な技術である一方、導入・運用にあたってはいくつかの課題が存在します。ここでは主な課題と、その対策の方向性を整理します。
振る舞い検知は「通常と違う動き」を検知する仕組みであるため、システム変更や業務フローの変更、利用者の行動パターンの変化などを「異常」と誤って判定してしまう場合があります。誤検知が多発すると、アラート対応に追われてしまい、本当に重要なアラートを見落とすリスクも高まります。
この課題に対処するには、次のような継続的な取り組みが重要です。
振る舞い検知は、常にログを収集・分析する必要があるため、処理リソースやストレージを一定以上確保する必要があります。また、洗練されていない状態ではアラート数が多くなり、運用担当者の負担につながることもあります。特に大規模環境では、運用設計を行わずに導入すると、システム・人のどちらにも負荷がかかりやすくなります。
運用負荷軽減のための対策例としては、次のようなものが挙げられます。
振る舞い検知では、どのログをどの粒度で収集するかが検知精度に大きく影響します。ログが不足していると検知できる範囲が限定されますが、過剰に取得するとストレージコストや分析時間が膨らみます。
最適なログ管理を行うためには、次のポイントを意識する必要があります。
振る舞い検知を効果的に活用するには、単にツールを導入するだけでは不十分で、「何を異常とみなすべきか」「検知されたアラートをどう評価し、どう対応するか」を判断できる人材が欠かせません。
担当者のスキル向上に向けては、次のような取り組みが考えられます。
振る舞い検知の導入はゴールではなく、運用を通じて「組織として脅威に気づき、対応できる力」を高めていくプロセスです。ツールと人の両面から体制を整えていくことが重要です。
振る舞い検知は、ユーザやシステムの行動パターンから異常を見抜く先進的なセキュリティ技術です。既知の攻撃パターンだけに頼るのではなく、「いつもと違うふるまい」に着目することで、未知の脅威や内部不正の兆候をとらえやすくなります。機械学習やAI、ルールエンジンなどを活用することで、膨大なログデータから重要な異常だけを抽出し、インシデント対応の迅速化やセキュリティ運用の効率化にも貢献します。
一方で、誤検知や運用負荷、ログ設計、人材育成といった課題もあり、単に製品を導入するだけでは期待通りの効果が得られないケースもあります。導入前に自社のシステム構成やリスク、運用体制を整理し、シグネチャベースの対策やアクセス制御、ゼロトラストセキュリティなどと組み合わせた全体設計の中で、振る舞い検知の位置づけを明確にすることが重要です。
高度化・巧妙化を続けるサイバー攻撃に対抗するために、振る舞い検知を有力な選択肢のひとつとして検討し、自社の状況に応じたかたちで取り入れてみてはいかがでしょうか。
振る舞い検知は、ユーザやシステム、ネットワークの通常の行動パターンを把握し、そこから外れた異常なふるまいを検知することで脅威を見つけるセキュリティ技術です。既知の攻撃パターンだけでなく、未知の手口の兆候も検出対象になり得ます。
シグネチャベースの検知は既知の攻撃パターンとの一致を確認するのに対し、振る舞い検知は「いつもと違う挙動」がないかを監視します。前者は既知の攻撃に強く、後者は未知の脅威や組み合わせ攻撃の兆候を捉えやすいという違いがあります。
振る舞い検知は強力な手段ですが、これだけですべての攻撃を防ぐことはできません。シグネチャベースの防御、アクセス制御、パッチ適用、バックアップなどと組み合わせ、多層防御を構成することが重要です。
必須ではありません。しきい値やルールベースで実装される振る舞い検知もあります。ただし、大規模環境や複雑なふるまいを扱う場合は、機械学習や統計的手法を組み合わせたほうが効率的なケースが多くなります。
誤検知として判明したアラートを記録し、検知ルールやモデルのチューニングに反映することが有効です。システム変更時の事前テストや監視対象の見直し、アラートの重要度分類などを組み合わせて継続的に調整していきます。
すべてのログを無制限に集めるのではなく、監視目的に必要な範囲を整理して決めることが重要です。認証ログやプロセス情報、ネットワークフローなど、脅威の兆候を把握するのに有用なログを優先し、保存期間やローテーションのルールも合わせて設計します。
ユーザ数やシステム数が多く、すべての挙動を人手で確認するのが難しい環境や、クラウドやリモートワークなど変化の大きい環境と相性が良いとされています。内部不正やゼロデイ攻撃のリスクを懸念する組織にも有効です。
あります。ただし、自前で大規模な基盤を構築するのが難しい場合は、クラウド型サービスやマネージドセキュリティサービスを活用し、コストと運用負荷のバランスを取りながら導入するのが現実的です。
ログやアラートの内容を理解するためのネットワークやOS、アプリケーションの基礎知識が必要です。また、インシデントハンドリングの経験や、検知ルールのチューニングを行うための分析力も求められます。
ゼロトラストは「すべてを信頼しない」という前提でアクセス制御や監視を行う考え方であり、振る舞い検知はその中核を支える監視・検知手段のひとつです。アクセスルールだけでは見抜けない不審な挙動を補足的に検出する役割を担います。