ネットワークの脅威が増える中で、単純な「送信元/宛先IP・ポート番号だけを見る」ファイアウォールでは、通信の正当性を判断しきれない場面が出てきます。そこで基本機能として押さえておきたいのが、SPI(Stateful Packet Inspection)です。SPIは通信の“状態(セッション)”を追跡しながらパケットを検査し、手順に合わない不正な通信を遮断しやすくします。この記事では、SPIの定義・仕組み・導入の考え方・運用上の注意点まで、読了後に「自社の要件でSPIをどう位置づけるべきか」を判断できるように整理します。
SPI(Stateful Packet Inspection)は、ファイアウォールの代表的な方式の一つで、“通信の状態”を保持してパケットを判定する点に特徴があります。たとえばTCP通信は、接続確立(SYN→SYN/ACK→ACK)を経てデータが流れ、最後に切断されます。SPIはこの流れ(状態遷移)を追跡し、状態として不自然なパケット(確立していないのにデータが来る等)を遮断します。
SPIはStateful Packet Inspection(ステートフル・パケット・インスペクション)の略称です。日本語では「状態を保持したパケット検査」などと訳されます。ポイントは“stateful”で、単発のパケットだけでなく、通信の前後関係(文脈)を踏まえることにあります。
SPIの役割は、ネットワーク境界での基本的な防御力を上げることです。特に重要なのは次の2つです。
補足すると、SPIは「アプリケーションの中身(ペイロード)を深く読む」ことが主目的ではありません。SPIはあくまでヘッダ情報+状態(セッション)で判断します。アプリケーション識別やコンテンツ検査は、DPIやNGFW(次世代ファイアウォール)の領域になります。
パケットフィルタリングだけの設計では、現実的な運用が難しくなることがあります。典型例は「外部サイトへアクセスしたときの戻り通信」です。戻り通信を単純ルールで許可しようとすると、許可範囲が広がりがちで、結果として攻撃トラフィックを通す余地が増えます。SPIは、内側から開始された通信の戻りだけを状態テーブルで許可できるため、ルール設計を現実的にしつつ安全性を保ちやすくなります。
| メリット | 説明 |
|---|---|
| 戻り通信を安全に扱いやすい | 内側から開始した通信の戻りトラフィックを、状態テーブルに基づいて許可でき、ルールの過剰拡大を避けやすくなります。 |
| 状態不整合の通信を止めやすい | 確立していない通信のデータや、終了後に続く通信など、手順に合わないパケットを遮断しやすくなります。 |
| 運用上の状況把握につながる | セッション数、拒否理由、タイムアウト等を把握しやすく、異常の兆候を見つける足がかりになります。 |
| 多層防御の“土台”になる | IPS/IDS、WAF、EDRなどを組み合わせる前提で、境界での基本能力として位置づけやすい方式です。 |
ただし、SPIは“万能の防御”ではありません。暗号化通信が主流の現在、ペイロード検査には別レイヤーの対策が必要です。SPIは通信の整合性と最小権限の入口を作る技術として捉えると、期待値が適切になります。
SPIは、パケットのヘッダ情報を確認しつつ、通信がどの状態にあるかをステートテーブルで管理して判断します。ここを押さえると、設定やトラブルシュートの考え方が整理できます。
SPIは、送信元IP/宛先IP、送信元ポート/宛先ポート、プロトコル(TCP/UDP/ICMPなど)といったヘッダ情報を検査します。ここでの判断は次の2段階です。
たとえばTCPのSYNが来た場合、許可ルールに合致し、かつ新規セッションとして扱える条件なら通します。一方、確立していないのにACK付きデータが来るなど、状態として不自然なら拒否しやすくなります。
TCPでは、接続確立・維持・切断の流れが明確です。SPIはこの流れを追跡し、代表的には次のような不整合を検知しやすくします。
現場では、ここにタイムアウト設計が絡みます。セッションを短くしすぎると正当な通信が途切れ、長くしすぎるとセッション枯渇やリスク増大につながります。SPIは“状態を見る”分、タイムアウトや同時セッション上限の設計が品質を左右します。
UDPはTCPのように確立手順がありません。そのためSPI製品は一般的に、一定時間内の通信を関連づけて“擬似的に状態管理”します。DNSやNTP、VoIPなど、UDPを使う業務通信も多いため、UDPのタイムアウトや例外設計を誤ると「通信は許可しているのに不安定」という状態が起きやすくなります。
SPIが不正と判断したパケットへの対応は、一般的に次のような形になります(製品・設定で差があります)。
運用上は、拒否ログの“理由”が追えることが重要です。攻撃なのか、設定ミスなのか、経路変更の影響なのかは、理由が見えないと切り分けが長期化します。
SPIとDPI(Deep Packet Inspection)は目的が異なります。混同すると「SPIでアプリ制御までできるはず」と期待がズレやすいので、役割分担を明確にします。
| 観点 | SPI | DPI |
|---|---|---|
| 主な判断材料 | ヘッダ情報+状態(セッション) | ヘッダ情報+ペイロード(中身) |
| 得意領域 | 戻り通信の安全な許可、状態不整合の遮断 | アプリ識別、コンテンツ検査、詳細な制御 |
| 注意点 | 中身の検査は基本しない | 性能・運用・プライバシー配慮が重くなりやすい |
暗号化が主流の現在、DPIで中身を見るにはTLS復号が絡むことが多く、運用設計の負担が増えます。まずSPIで境界の基本を固め、必要に応じて上位機能を重ねる、という順序のほうが現実的です。
SPI導入は、製品選定だけでなく「設計・設定・運用」がセットです。SPIは“状態”を扱うため、構成要素(経路、冗長化、NATなど)との整合を取って初めて安定します。
SPIに対応したファイアウォールの選定では、次の観点が実務的です。
特に、同時セッション数の余裕がないと、平常時は動いていても負荷ピークで破綻します。DDoS対策というよりも、“正常通信を落とさない”設計の観点で重要です。
SPIを効果的にするには、セキュリティポリシーを前提に、次の順で設定を固めると破綻しにくくなります。
運用上のコツは、例外ルールを“増やし続ける”設計にしないことです。例外は棚卸しされない限り残り続け、攻撃面(アタックサーフェス)を広げます。
SPIは導入して終わりではなく、ログで価値が出ます。最低限、次の視点を運用ルール化すると実効性が上がります。
特に、拒否が増えるときは「攻撃」「誤設定」「経路変更」「サーバ側の挙動変化」など複数原因があり得ます。ログの粒度が適切だと、切り分けが短くなります。
SPI導入・運用でつまずきやすいポイントを、先に押さえておきます。
対策としては、定期レビュー(棚卸し)、構成の整合(経路・HA・NAT)、監視(セッション・拒否理由)、管理面強化(MFA・到達制限)をセットで回すことが重要です。
SPI(Stateful Packet Inspection)は、通信の“状態(セッション)”を追跡しながらパケットを検査するファイアウォール方式です。単純なパケットフィルタリングよりも、戻り通信の扱いと状態不整合の遮断に強みがあります。一方で、暗号化通信の中身を検査する技術ではないため、WAFやIPS/EDRなどとの役割分担を前提に、多層防御の土台として位置づけるのが現実的です。導入時は製品選定だけでなく、ルール設計、セッション関連パラメータ、ログ運用、経路・冗長化構成の整合まで含めて設計し、運用で実効性を保つことが重要です。
SPIは送信元/宛先IPやポートだけでなく、通信が確立・継続・終了しているかという“状態(セッション)”を追跡して判定します。
内側から開始された通信の戻りトラフィックだけを状態テーブルで許可できるため、ルールを過剰に広げずに運用できます。
できません。SPIは境界の基本能力であり、マルウェア対策やWeb攻撃対策などはIPS/WAF/EDR等と組み合わせて多層防御にします。
有効です。SPIは主にヘッダ情報とセッション状態で判断するため、暗号化されていても状態不整合の遮断や戻り通信の制御に効果があります。
あります。状態管理により負荷が増えるため、同時セッション数の余裕、タイムアウト、ログ粒度の設計が不十分だと遅延や枯渇が起きます。
機能します。UDPは確立手順がないため、一定時間内の関連通信をまとめる“擬似的な状態管理”で扱うのが一般的です。
往復が別経路になると状態追跡が崩れやすく、正当な通信でも拒否されることがあります。経路設計と冗長化構成の整合が必要です。
SPIは状態(セッション整合性)を見て基本防御を固め、DPIは中身(ペイロード)まで解析してアプリ制御や検査をしたい場合に使います。
拒否ログの理由と対象通信が追える設計が最優先です。次にセッション数の推移を監視し、異常増加や枯渇兆候を検知できるようにします。
拒否ログの理由、該当ルール、セッション枯渇、タイムアウト多発、経路変更(非対称化)を優先して確認すると切り分けが早くなります。