サイバー攻撃が巧妙化する一方で、クラウド利用やリモートワークの定着により、社内外のアクセス経路や利用者の行動が複雑になっています。そこで注目されているのがUEBA(User and Entity Behavior Analytics)です。UEBAは「何が正しい通信・操作か」を静的なルールだけで決めるのではなく、普段の行動パターンからの逸脱を手がかりに、侵害や不正の兆候を早期に捉える考え方です。本記事では、UEBAの基本から、仕組み・メリット・他技術との関係・活用例・導入時の論点までを整理し、あなたの組織にUEBAが必要か、どう設計すべきかを判断できる材料を提供します。
従来のセキュリティ対策は、ウイルス対策やファイアウォール、侵入検知など、既知のパターンやルールに基づく防御が中心でした。こうした対策は今も重要ですが、攻撃者は正規アカウントの乗っ取りや、運用の隙を突いた横展開、正規ツールの悪用などにより「一見すると正常に見える」挙動を混ぜて侵入を継続します。
結果として、単一のアラートを見ても危険度が判断しにくくなり、「大量のアラートの中から本当に危険なものを見つける」こと自体が課題になりました。UEBAは、この課題に対して“行動の文脈”を付与することで、検知と優先順位付けを支援します。
UEBAが注目される背景には、次のような現実があります。
この状況では、単純にアラートを増やすのではなく、「いつもと違う」を根拠に、優先度の高い兆候を絞り込む仕組みが求められます。
UEBA(User and Entity Behavior Analytics)は、ユーザー(人)とエンティティ(端末・サーバー・アプリ・サービスアカウントなど)の行動を継続的に観測し、通常状態の“ベースライン”と比較して、逸脱や異常の兆候を検出するアプローチです。重要なのは、UEBAが「特定の製品名」ではなく、行動分析を中心に据えた検知・分析の考え方だという点です。
UEBAで扱う「ユーザー」と「エンティティ」は、次のように整理すると理解しやすくなります。
たとえば「同じユーザーが、短時間で複数拠点からログインしている」「あるサーバーが、普段は行わない外部通信を始めた」といった“関係性”も、UEBAの分析対象になります。
UEBAの狙いは、万能な自動検知ではなく、次の3点に集約されます。
従来のルールやシグネチャ中心の検知は、既知パターンに強い一方で、「正規機能を使った不正」や「段階的な横展開」ではアラートの根拠が弱くなることがあります。UEBAは、個別イベントの正誤ではなく、行動の連続性や偏りに注目するため、結果として“怪しさの根拠”を作りやすくなります。
内部脅威は、外部マルウェアのように分かりやすい兆候が出ないことがあります。UEBAは、アクセス先の変化、取得データ量の増加、権限の使い方の変化など、運用上の“違和感”を指標化しやすい点が利点です。特に、正規アカウントが侵害されたケースでは「ログイン自体は正しい」ため、行動面の逸脱が有効な手がかりになります。
UEBAは「異常らしさ」をスコア化して提示する設計が多く、同じ種類のアラートでも、対象ユーザーの重要度や過去の行動と照合して優先度を変えられます。これにより、SOCや運用担当者が“見るべきもの”に集中しやすくなります。
一方で、UEBAには前提と限界もあります。導入後に期待外れになりやすいポイントなので、あらかじめ押さえておくべきです。
UEBAの出発点はデータです。一般的に、次のようなログやイベントが材料になります。
この段階で重要なのは、同一人物や同一端末を“同一として扱える”ように、IDの名寄せや属性付け(部署、役割、特権の有無、重要資産への権限など)を整備することです。名寄せが崩れると、ベースラインも崩れます。
UEBAでは、ユーザーやエンティティごとに「通常の行動」を統計的に把握し、ベースラインを作ります。ベースラインは固定ではなく、一定期間の観測により更新される設計が一般的です。たとえば次のような要素がベースラインになりえます。
ここでのポイントは「全員一律の通常」ではなく、「その人(その端末)にとっての通常」を基準にすることです。
ベースラインからの逸脱を、複数の観点で評価し、スコアとして表現します。単発の逸脱は誤差の可能性があるため、UEBAでは次のような“組み合わせ”が重要になります。
このように、個々のイベントが正常に見えても、連続性や重なりから危険度を引き上げられる点がUEBAの価値です。
UEBAは機械学習と相性が良い一方で、「AIだから自動で何でも分かる」というものではありません。機械学習は、特徴量(何を行動として捉えるか)とデータ品質に強く依存します。運用上は、次のようなスタンスが現実的です。
UBA(User Behavior Analytics)は、ユーザー行動に焦点を当てた分析です。UEBAはここにエンティティ(端末・サーバー・アプリなど)を含めることで、攻撃の横展開や機械的な異常通信など、ユーザー単体では説明しにくい兆候も扱いやすくしています。実務的には、ユーザーと資産の関係性が見える分、調査の視点が増えます。
SIEMは多種多様なログを集約し、相関分析・可視化・ルール検知を行う基盤として使われます。UEBAは、SIEMに蓄積されたログに対して“行動分析”という視点を追加し、アラートの優先順位付けや異常の説明に強みを出します。運用設計としては、次の役割分担が分かりやすいでしょう。
UEBAは単体で完結するというより、周辺技術と連携して効果が出やすい領域です。
たとえば、退職予定者が業務時間外に大量のファイルへアクセスしたり、普段使わない共有領域へ集中的にアクセスしたりするケースでは、単一の操作は正規でも、行動の偏りが兆候になります。UEBAは、アクセス先・量・時間帯・頻度を組み合わせて“いつもと違う”を示し、調査の優先度を上げます。
侵害されたアカウントは、最初は小さな探索から始まることがあります。たとえば、認証失敗が増えた後に成功し、直後に重要資産へアクセスが連続する、といった流れです。UEBAは、認証ログとアクセスログをつなぎ、単発イベントでは見えにくい流れを示せます。
ゼロデイ攻撃は“脆弱性そのものが未知”であるため、脆弱性のシグネチャに依存した検知だけでは限界があります。UEBAは、攻撃経路の特定そのものではなく、侵害後に現れやすい探索・横展開・権限利用・データ持ち出しといった行動面の違和感を手がかりに、発見と調査を補助します。
IoTやOT環境では、端末が単一用途で動き続けることが多く、“通常”が比較的安定しています。UEBAの観点で見ると、突然の外部通信、通信先の変化、通常と異なるプロトコル利用などが分かりやすい兆候になりえます。もちろん環境要因もあるため、運用側で許容パターンを定義し、誤検知を抑える設計が必要です。
UEBA導入の失敗で多いのは、「何でも検知してくれるはず」という期待先行です。まずは、優先したいユースケースを具体化します。例としては「特権IDの不正利用を優先」「クラウドSaaSの不審アクセスを優先」「情報持ち出しの兆候を優先」などです。目的が決まると、必要なログ、分析対象、評価指標も決めやすくなります。
UEBAはログに依存します。ログが欠けている、IDが統一されていない、資産情報が不正確といった状態では、ベースラインもスコアも信頼できません。導入計画では、まず「何のログを、どの粒度で、どの期間保持するか」と「ユーザー・端末・アプリの名寄せ」を優先して設計します。
UEBAは、導入初期に誤検知が増えやすい傾向があります。理由は、ベースラインが育っていないこと、組織の例外運用が整理されていないことが多いためです。運用としては、次のような割り切りが現実的です。
UEBAは行動ログを扱うため、監視に対する心理的な抵抗や、個人情報・就業規則・委託先管理などの論点が出ます。技術導入だけでなく、目的の明確化、扱うデータ範囲、閲覧権限、保管期間、監査体制などを整理し、社内ルールとして整合を取ることが重要です。
UEBA導入を成功させるには、段階的な進め方が向いています。
導入の成果は「検知数が増えた」ではなく、「調査の優先順位が明確になり、対応が速くなった」「重大インシデントの兆候を早く掴めた」といった運用成果で評価する方が適切です。
UEBAは、ユーザーとエンティティの行動をベースライン化し、逸脱を手がかりに脅威の兆候を捉えるアプローチです。ルール検知だけでは判断が難しい“正規に見える不正”に対して、文脈と優先順位を付与できる点が強みになります。
一方で、UEBAの効果はデータ品質と運用設計に左右されます。ログ要件と名寄せ、誤検知を前提としたチューニング、プライバシーと社内合意、SIEMやEDRとの連携まで含めて設計することで、UEBAは現実的なセキュリティ強化策として機能します。導入を検討する場合は、まずユースケースを絞り、小さく検証しながら段階的に適用範囲を広げることが成功への近道です。
ユーザーと端末・サーバーなどの行動を分析し、通常からの逸脱を検出して脅威の兆候を捉える手法です。
代わりではありません。SIEMのログ集約・相関分析に、行動分析による優先順位付けを補う関係です。
必ずではありません。侵害後に現れやすい行動の違和感を手がかりに、発見と調査を補助する位置づけです。
端末、サーバー、アプリ、サービスアカウント、ネットワーク機器など、ユーザー以外の資産や主体を指します。
ベースラインが十分に育っていないことや、例外運用が整理されていないことが主因です。
認証ログと主要システムのアクセスログが基本です。目的に応じて端末挙動やネットワーク情報も加えます。
有効です。時間帯、アクセス先、取得量などの偏りを組み合わせて、兆候の優先度を上げられます。
EDRやNDRは観測領域が主に端末や通信で、UEBAはユーザーと資産の行動文脈を横断的に分析する視点が中心です。
特権ユーザーや重要資産など、影響が大きい領域に範囲を絞って小さく検証するのが現実的です。
目的の明確化、閲覧権限、保管期間、監査、個人情報や就業規則との整合などの合意形成が重要です。