クラウドサービスの利用が当たり前になった一方で、「どのサービスが、誰に、どう使われているのか」が把握しづらくなり、データ持ち出しや設定ミス、シャドーITといったリスクが目立つようになりました。こうした課題に対し、クラウド利用を横断的に可視化・制御する考え方として注目されるのがCASB(Cloud Access Security Broker)です。本記事では、CASBの定義と基本概念から、代表的な機能、導入メリット、導入時に詰まりやすいポイント、そして今後の展望までを整理し、読了後に「自社ではどの方式のCASBが適するか」「導入前に何を確認すべきか」を判断できる状態を目指します。
CASBとは、Cloud Access Security Brokerの略で、企業(利用者)とクラウドサービス(SaaS等)の間に介在し、クラウド利用を可視化・制御しながら、統一的なセキュリティポリシーを適用するための仕組み/製品群を指します。クラウドサービスは提供者ごとに管理画面や監査機能、設定項目が異なるため、サービスが増えるほど運用が分散しがちです。CASBは、その分散を吸収し、クラウド利用を横断的に統制しやすくします。
「単一のコントロールポイント」という説明を見かけることもありますが、実際にはCASBの実装方式によって、できること・見える範囲が変わります。代表的には、(1)通信に介在して制御する方式(プロキシ型/インライン型)と、(2)クラウド側APIを用いて監査・制御する方式(API連携型)があり、両者を併用する製品もあります。
また、CASBはクラウド利用のセキュリティを強化する「考え方」であると同時に、具体的には、利用状況の棚卸し、データ保護(DLP)、不審動作の検知、アクセス制御、コンプライアンス対応などを実現するための実務ツールとして使われます。

クラウドサービスの活用が進むほど、セキュリティの論点は「社内ネットワークを守る」から「クラウド上のデータと利用行動をどう統制するか」に移っていきます。CASBが重要視される理由は、大きく分けて次の2点です。
クラウドは導入が容易な反面、部門や個人が独自にサービスを契約し、管理部門が把握できないまま利用が拡大することがあります(シャドーIT)。この状態では、データがどこへ保存され、誰が共有しているのかを追えず、結果として情報漏えい・規程違反・監査不備につながりやすくなります。CASBは、利用サービスの棚卸しやリスク評価を支援し、「把握できない」を減らす役割を担います。
規程やガイドラインを作っても、現場の利便性と衝突すると徹底しづらいのが実態です。CASBは、クラウド利用に対するルールを技術的な制御(例:特定操作の禁止、共有範囲の制限、機密データのアップロード抑止など)として実装し、属人的な注意喚起に頼らず運用を安定させやすくします。
CASBの基本構造は、「クラウドへのアクセスやクラウド上の操作・データ」を監視し、組織のセキュリティポリシーに照らして許可・遮断・是正を行う、というものです。重要なのは、どこを観測点にするかで挙動が変わる点です。
つまりCASBは「すべての要求とレスポンスを必ず監視する」ものではなく、導入方式と対象クラウドの仕様によって観測できる粒度が変わります。導入検討では、自社が守りたい対象(データ/操作/アカウント)と、必要な制御タイミング(リアルタイム/事後是正)を先に整理しておくことが重要です。
CASBは、クラウドサービスを安全に使い続けるために、次のような用途で活用されます。
CASBは、クラウド上のデータがどこにあり、どう共有されているかを把握し、機密性や完全性を損なうリスクを下げます。たとえば、DLP(Data Loss Prevention)により機密情報のアップロードや外部共有を検知・抑止したり、暗号化やラベリングと組み合わせて取り扱い基準を徹底したりします。
クラウドアカウントの乗っ取り、異常な大量ダウンロード、普段と異なる地域・端末からのアクセスなど、クラウド特有の不審挙動を検知し、アラート・隔離・強制ログアウトなどの対処につなげます。ただし、ここも製品や方式によって「リアルタイム遮断ができる範囲」「事後是正が中心の範囲」が分かれます。
CASBは、クラウド利用の見える化と統制を軸に、複数の機能を組み合わせて効果を出します。ここでは代表的な機能を、運用上の意味とセットで整理します。
CASBの中核は、クラウドサービスの利用状況を可視化することです。どのサービスが使われているか、誰がどの程度利用しているか、どの部門に偏りがあるか、といった棚卸しができると、対策の優先順位を付けやすくなります。
さらに、CASBは利用状況の分析やリスク評価を支援します。たとえば、未承認サービスの利用が増えている、外部共有が多い、特定の端末からのアクセスが集中している、といった傾向を把握できれば、「禁止」一択ではなく、許可すべき範囲・代替策・教育ポイントを設計しやすくなります。結果として、無駄なリソース使用や運用の属人化を減らし、クラウド活用を止めずに安全性を上げる方向へ持っていけます。
クラウドサービスが増えるほど、サービスごとに設定・監査・証跡の取り方が変わり、コンプライアンス対応が難しくなります。CASBは、クラウド利用に対するポリシーを横断的に適用し、監査やルール徹底を支援します。
ただし、「単一のセキュリティポリシーで完全に一元化できる」と言い切るのは危険です。SaaSごとにAPIの粒度やログの内容が異なり、同じポリシー名でも実装できる制御が揃わない場合があります。現実的には、共通化できる部分(例:外部共有の抑止、機密データの検知、危険な端末のブロック)を揃え、例外は運用ルールで補う、という設計が安定します。
クラウド上にデータが集まるほど、守るべき対象は「端末」よりも「データ」と「データに触れる操作」へ寄ります。CASBは、機密情報の定義(パターン、辞書、ラベルなど)や、データの取り扱いポリシーを設定し、漏えいにつながる操作を抑止・検知します。
また、接続元のロケーション、端末の健全性(EDRやMDMの状態など)、ユーザー属性、対象ファイルの機密度といった条件で、データ持ち出し制御を強化できる場合があります。ここで重要なのは、技術的にできる制御を増やすほど、例外対応や現場負荷も増えやすい点です。導入時は、最初から細かく縛り過ぎず、守るべきデータから段階的に適用範囲を広げるほうが定着しやすくなります。
CASBは、クラウドサービスへの不正アクセスや異常挙動を検知し、対処を支援します。たとえば、大量ダウンロード、短時間の連続失敗ログイン、通常と異なる国・IPからのアクセス、普段使わないアプリ連携(OAuth)などは典型的な監視対象です。
ただし、「マルウェアを即時に隔離できる」といった表現は、実現条件が製品・方式に依存します。インラインでファイルを検査できる場合もあれば、APIでクラウド上のファイルをスキャンし、後から隔離・共有解除する運用が中心になる場合もあります。自社の要件として「リアルタイム遮断が必要か」「事後是正でも許容できるか」を、業務影響と合わせて見極めることが重要です。
CASBは、クラウド利用を止めるための仕組みではなく、クラウド活用を前提に「見える化」と「統制」を現実的に回すための仕組みです。ここでは、導入で得られやすいメリットを具体化します。
CASBの導入メリットの一つはシャドーITの可視化です。未認可・未登録のサービス利用は、データの置き場所や共有範囲が不明になり、情報漏えいリスクを高めます。CASBにより、利用サービスや利用者、利用頻度を把握できると、禁止・許可・代替策の判断がしやすくなります。
ここでのポイントは「見つけたら即禁止」ではなく、業務上の必要性がある場合に、承認フローや安全な利用ルールへ落とし込むことです。可視化は、統制を現実に寄せるための入口になります。
クラウドサービスは便利な反面、無制限に使える状態はリスクになり得ます。CASBを導入すると、企業の情報セキュリティポリシーに基づき、アクセス制限や操作制限、共有制限などをシステム的に実装しやすくなります。
たとえば「社外共有は原則禁止、例外は申請」「機密ラベル付きのファイルは外部共有不可」「未管理端末からのダウンロードは禁止」といったルールを、個別サービスの設定だけに頼らず整備できます。結果として、ルールが運用で崩れにくくなります。
管理者視点では、複数クラウドの状態をダッシュボードで把握でき、監査やレポート、棚卸しの負担が減ります。現場視点でも、危険な操作をしたときに警告が出る、ルールが明確になる、といった形で「やってはいけないこと」を理解しやすくなり、結果として事故を減らしやすくなります。
ただし、利便性は「縛り方」で簡単に失われます。導入初期は、いきなり厳格に止めるよりも、モニタリング → 警告 → 一部遮断のように段階を踏む方が反発が少なく、定着しやすい傾向があります。
クラウドサービスが増えるほど、個別設定だけでは統制が追いつきません。CASBは、共通の観点(データ分類、外部共有、端末条件、リスク評価)でポリシー適用を支援し、サービス追加時もセキュリティをゼロから作り直す負担を下げます。
一方で、前述の通りSaaSごとの仕様差は残るため、「何がどこまで一貫できるか」を先に定義しておくことが重要です。ここが曖昧だと、導入後に「想定していた制御ができない」となりやすく、評価がぶれます。
CASB導入では、製品機能だけでなく、既存環境や運用体制との整合が成功を左右します。ここでは、よくある詰まりどころと対処の考え方を整理します。
CASB導入には、ライセンス費用だけでなく、設計・展開・運用・教育のコストが発生します。そのため、導入前に「何を減らすための投資か」を明確にしておくことが重要です。典型的には、情報漏えい事故のリスク低減、監査対応の省力化、クラウド利用統制の安定化(例外対応の削減)などが評価軸になります。
ここでの注意点は、ROIを「投資回収期間」とだけ捉えると評価が歪みやすい点です。セキュリティ投資は、事故の回避や被害抑制が主目的になりがちで、単純な売上増とは別軸の指標になります。導入検討では、減らしたいリスク(どの事故を、どの程度抑えるか)と、運用工数(棚卸し・監査・設定管理)を指標として置くと、比較がしやすくなります。
CASB導入時の課題として多いのが、既存IT環境との整合です。利用クラウド、認証基盤(IdP)、ネットワーク構成、端末管理(MDM/EDR)、既存のDLPやログ基盤などとの連携要否によって、設計が変わります。
ここで重要なのは「CASBは入れれば動く」ではなく、どの方式で導入するか(プロキシかAPIか、あるいは併用か)を前提に、影響範囲を見積もることです。特にインライン制御を強めるほど、端末設定や通信経路の設計が効いてくるため、PoC(検証)で業務影響を確認しながら進めるのが現実的です。
クラウドセキュリティは、社内の規程・外部規制・取引先要件など、複数のルールが混在しやすい領域です。CASBは、こうした要件をポリシーとして実装する枠組みになり得ますが、すべてを一律に満たそうとすると、現場の利便性と衝突して運用が破綻しがちです。
解決策としては、(1)守るべきデータの定義(分類)を先に固め、(2)高リスク領域から段階導入し、(3)例外の扱い(申請・期限・再評価)を運用で回す、という順番が安定します。標準化は「一気に揃える」よりも、「揃う範囲を確実に増やす」方が失敗しにくい設計です。
CASBのベンダー選択では、機能表の比較だけでは不十分です。実装方式、対応クラウドの範囲、ログの粒度、DLPの精度、運用のしやすさ、サポート体制など、継続運用に直結する観点が重要になります。
「機能が多い」よりも、「自社の目的に対して必要十分で、運用として回る」ことを重視すると、導入後の評価が安定します。
クラウド利用の拡大に伴い、CASBの役割は「可視化ツール」から「クラウド利用統制の中核」へ寄りつつあります。ここでは、今後の変化を見通すうえで押さえたい観点を整理します。
AIや機械学習の活用は、CASBの検知精度と運用効率に影響します。たとえば、ユーザー行動のベースラインを作り、普段と異なる挙動を検知する、といった使い方は現実的です。ただし、「自動で完全に防ぐ」といった過度な期待は禁物で、誤検知・見逃しのバランスをチューニングしながら、運用に合わせて育てる発想が必要になります。
また、ポリシー作成を支援する機能が増えても、最終的には「自社の守りたいもの」を定義しなければ運用は成立しません。AIは設計の代替ではなく、設計を支える道具として捉える方が安全です。
リモートワークでは、社内ネットワーク境界が薄まり、クラウドへの直接アクセスが増えます。その結果、クラウド利用の統制は「オフィス前提」の設計では回りにくくなります。CASBは、場所やネットワークに依存しにくい形で、クラウド利用のルール適用や不審挙動の検知を支援します。
ただし、「保証する」と言い切れるものではありません。実際には、IdP(認証)や端末管理、EDR、ログ基盤と組み合わせ、誰が・どの端末で・どのデータに・どんな操作をしたかを揃えて判断できる状態を作ることが重要です。
クラウドサービスの組み合わせが複雑化するほど、個別最適の積み上げでは統制が追いつきません。CASBは、多様なクラウドに対する横断的な観測点として機能し、ポリシーの一貫性を保つ助けになります。
一方で、クラウドサービスの多様化は「API差」「ログ差」を増やします。そのため、将来的にはCASB単体というより、SWG/ZTNAなどを含むSSE(Security Service Edge)として統合され、クラウド利用統制が一つの運用面に収束していく流れも想定されます。導入時点で、将来の統合方針を確認しておくと、後で作り直しになりにくくなります。
クラウド利用が増えるほど、新しい課題は次々に出てきます。たとえば、SaaS間連携(OAuthアプリ)、共同編集や外部共有の増加、生成AIの業務利用、設定ミスによる公開範囲の逸脱など、論点は広がります。CASBは、既存の対策を磨くだけでなく、運用設計を更新し続けることが求められます。
大切なのは、業務効率と情報保護を対立させないことです。禁止を増やすだけでは現場は回りません。守る対象を明確にし、許可する範囲を定義し、例外を運用で回すという設計を継続できるかが、CASBの価値を決めます。
CASB導入は、セキュリティ強化にとどまらず、IT運用や監査対応の負荷を下げ、クラウド活用を継続しやすくする効果が期待されます。ここでは、代表的なインパクトを4つの観点で整理します。
CASBにより、クラウド上での外部共有、機密データのアップロード、異常ダウンロードなどを検知・抑止しやすくなります。これにより、事故の発生確率を下げたり、発生時の被害を抑えたりする効果が期待できます。
ただし、「大幅に削減できる」という結果は、運用設計に依存します。最初に守るべきデータを定義し、優先度の高いクラウドから適用し、アラート運用を整える、という地道な設計が前提になります。
クラウドを業務の中心に据えるほど、インシデント対応や設定不備は業務停止につながりやすくなります。CASBは、異常状態の早期発見や是正(共有解除、隔離、アクセス遮断など)を支援し、被害拡大を抑える助けになります。
ただし、CASB自体がSaaSの停止を防げるわけではありません。BCPの観点では、クラウド側の可用性対策(冗長化・バックアップ・代替手段)と、CASBによる統制(事故を起こしにくくする/早く気付く)を役割分担して考えるのが現実的です。
CASBは、クラウド利用の証跡を集約し、監査やレポート作成、規程遵守の状況把握を支援します。プライバシーポリシーや情報保護規程に対する実装状況を説明しやすくなり、結果として対外説明の負担を下げる効果が期待できます。
一方で、準拠の“確実性”は、技術だけで成立しません。ルールの更新、例外運用、教育、定期レビューが揃ってはじめて確実性が高まります。CASBはその中核を担う位置づけだと捉えるのが適切です。
CASB導入により、複数クラウドに分散していた可視化・統制をまとめやすくなり、棚卸しや監査、設定確認の負荷が下がる可能性があります。また、自動検知・自動是正がうまく回れば、人手不足やスキル不足の補完にもつながります。
ただし、自動化は万能ではありません。アラートが過多になると、逆に運用が重くなります。導入初期は、検知ルールの絞り込みや、対応フロー(誰が何を判断するか)の整備に時間を使う方が、長期的には省力化につながります。
Cloud Access Security Brokerの略で、クラウド利用を可視化・制御する仕組みです。
できません。SaaSごとにAPIやログの粒度が異なり、実現できる制御範囲は変わります。
方式によります。プロキシ型はリアルタイム制御に強く、API型は事後監査・是正に強い傾向です。
実現しやすくなります。ログ分析や利用棚卸し機能で未承認サービスの把握を支援します。
機密データのアップロード検知、外部共有の抑止、共有設定の是正などが代表例です。
一部は支援します。ファイル検査や隔離は可能ですが、リアルタイム性や範囲は製品・方式に依存します。
最初から制御を厳しくし過ぎて現場が回らなくなることです。段階導入が有効です。
事故回避や被害抑制、監査・棚卸し工数の削減など、リスクと運用負荷の指標で評価します。
守るべきデータと対象クラウド、必要な制御タイミング(リアルタイムか事後是正か)です。
SSEなど周辺技術と統合され、クラウド利用統制の中核として運用面に収束する方向が見込まれます。