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ランサムウェアとは? 必要な対策や感染経路・被害について詳しく解説

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はじめに

テレワークの普及やクラウドサービスの業務利用の一般化など、業務を取り巻くICT環境はここ数年で大きく変化しました。企業がITを活用して業務を進めることは当たり前になり、あわせてセキュリティ対策も「やるべきこと」から「やらないと業務が回らないこと」へと位置づけが変わりつつあります。

一方で、この変化は「守る対象」と「攻撃を受ける経路」を同時に増やしました。社内LANに閉じていた時代は、社外との境界をファイアウォールで固めるだけでも一定の効果が見込めました。しかし現在は、SaaSやIaaSの利用、取引先との連携、端末の多様化、リモートアクセスの常態化により、境界そのものが曖昧になっています。境界の内側に入れた瞬間に自由度が上がりやすい設計は、アカウント侵害や内部不正、設定ミスが起きたときに被害が横へ広がりやすい、という現実的な弱点も抱えます。

こうした背景から近年注目を集めている考え方が「ゼロトラスト」です。ただしゼロトラストは、「何か製品を1つ入れれば完成する」ものではありません。ID、端末、利用状況、操作に伴うリスクなどを材料にアクセスを都度判断し、複数の対策を組み合わせて段階的に成熟させていく――そのための設計思想・運用思想として捉える必要があります。

本記事では、ゼロトラストの基礎知識や必要性、メリット・デメリットを確認したうえで、ゼロトラスト環境を構築・運用する際の考え方と注意点を解説します。あわせて、IDaaSやIAM、MFA、ZTNAなど関連する用語・ソリューションも登場しますが、用語の意味と位置づけがこの記事だけで把握できるように、役割の違いと主要用語の概要説明を補います。

また、ゼロトラストは「すべてを一度に導入しなければならない」取り組みでもありません。組織の状況に応じて優先順位を付け、認証を先に整えるのか、端末管理の整備を先行させるのか、あるいは特権IDや重要データの保護から着手するのかを見極め、運用として成立する単位で進めることが重要です。

さらに、ゼロトラストは万能の解決策ではありません。設計と運用を誤ると、例外が増えて形骸化したり、現場負担が先に増えたりすることもあります。だからこそ本記事では、考え方の説明だけで終わらせず、「どんな判断をどこで行い、その判断をどう運用として維持するか」という点まで踏み込んで説明します。

ゼロトラストとは

ゼロトラストを理解するうえで最初に確認したいのは、「社内か社外か」「VPNでつながっているか」といった“場所や経路”を安全の前提にしない、という発想です。境界が曖昧になった現在、守り方の基準をネットワーク境界に置き続けると、実態とズレが生じやすくなります。

ゼロトラスト(Zero Trust)とは、信頼を前提にせず、アクセス要求をその都度検証して安全性を担保するセキュリティの考え方です。ユーザーや端末が社内にいるか社外にいるかを前提条件にせず、原則としてアクセス要求を評価し、必要最小限の権限で許可することを目指します。

ここで重要なのは、ゼロトラストが「ネットワーク境界を信頼の単位にする」のではなく、アクセス可否を決める判断そのものを信頼の単位にする設計思想だという点です。言い換えると、「社内だから安全」「VPNでつないだから安全」といった固定の前提を置かず、誰が・どの端末で・どの状態で・何にアクセスしようとしているかを材料に、毎回判断していく発想です。

そしてゼロトラストは、単体で完結する製品やサービスではなく「設計思想・運用思想」です。ID管理、認証強化、端末管理、通信の暗号化、ログ監視、データ保護など複数の対策を組み合わせ、段階的に成熟させていく取り組みとして捉える必要があります。ここで混同が起きやすいのが、判断に使う情報(判断材料)と、実装の手段(ソリューション)です。用語や製品カテゴリに引っ張られず、「何を材料に、どんな条件なら許可できるか」を中心に考えることが重要になります。

たとえば「端末が安全な状態か」という判断材料は、端末管理(MDM)で把握できる暗号化・パスコード・準拠状況や、エンドポイントの検知・対応(EDR)で得られる不審挙動の兆候などを使って評価されます。さらに、エンドポイント保護(EPP)が有効で更新されているかといった「基本防御の充足」も、端末状態を判断する材料になります。また「ログインが本人らしいか」という判断材料は、MFAの適用状況やアクセス元の条件、過去の利用傾向といった情報を組み合わせて判断します。重要なのは、どのソリューションを入れるかではなく、どの判断材料を集め、どの条件なら許可するかを決め、例外をどう管理するかという運用設計です。

ゼロトラストで重視される3つの基本

  • 明示的に検証する:ユーザー・端末・場所・状態・リスクをもとに、アクセスを都度評価する
  • 最小権限で許可する:必要なリソースに必要な範囲だけアクセスさせる(過剰な権限を避ける)
  • 侵害を前提に設計する:侵入は起こり得るものとして、拡大防止(分離・監視・迅速対応)を組み込む

この3つは、導入の大小にかかわらず、ゼロトラストの基本になります。たとえばMFAやSSOの導入は「明示的に検証する」を強める取り組みですし、権限設計の見直しは「最小権限」を現実の運用に落とし込む作業です。また、ログ監視やインシデント対応体制は「侵害を前提に設計する」を支える要素になります。

なお、ゼロトラストは「強くすればするほど良い」ものでもありません。検証条件や制御が過剰だと、例外が増えて運用が崩れやすくなります。判断の精度と現場負担のバランスを取りながら成熟させていく――この前提を置いておくと、以降のメリット・デメリットや実現ポイントが理解しやすくなります。

ゼロトラストの歴史的背景と定義

ゼロトラストは、最近急に出てきた“便利な言葉”ではなく、境界型セキュリティが抱えていた構造的な課題への回答として形作られてきた考え方です。背景を押さえておくと、後から出てくるソリューションを「それを入れればゼロトラスト」と捉えてしまう誤解を避けやすくなります。

ゼロトラストの起点としてよく知られているのが、Forrester Researchのアナリストだったジョン・キンダーバーグ(John Kindervag)氏が提唱した「Zero Trust Model」です。一般に2009年ごろから言及され、代表的なForresterレポートは2010年9月14日に公開されています。

境界型セキュリティでは、ファイアウォールの内側に入った通信や利用者は、比較的自由に振る舞える設計になりがちです。しかし、マルウェア侵入や認証情報の窃取が起きた場合、その自由度の高さが被害拡大につながるという問題がありました。ゼロトラストは、こうした「一度中に入ったら信頼する」という前提そのものを見直すところから出発した思想だと整理できます。

この考え方は、その後クラウドやモバイル、リモートワークが一般化する中で、実運用に耐える設計として発展していきます。代表的な事例として知られるのが、Google社の社内システム設計として紹介されるBeyondCorpです。社内ネットワークという概念を前提にせず、主にIDと端末の状態を中心にアクセスを判断するモデルが採用されました。理論として語られがちなゼロトラストを、組織運用として成立させるイメージをつかむうえで参照されることが多い事例です。

さらに近年では、米国のNISTが公開したSP 800-207(Zero Trust Architecture)によって、ゼロトラストはアーキテクチャとして整理されています。ここで重要なのは、ゼロトラストが特定の製品や技術を指すものではなく、「アクセスをどのような前提で判断し、どう運用するか」という枠組みとして扱われている点です。

まとめると、ゼロトラストは「ネットワークを信頼の単位にする設計」から脱却し、ユーザー、端末、利用状況、操作内容といった複数の条件をもとに、アクセスを都度判断し続ける設計思想だと言えます。ここまでを押さえておくと、後述する各種ソリューションを“ゼロトラストの部品”として位置づけやすくなり、議論が製品名に引っ張られにくくなります。

ゼロトラストの概念・考え方

ゼロトラストを語るとき、境界型セキュリティとの違いが曖昧なままだと、導入議論が「VPNを置き換える話」「ネットワークを捨てる話」に寄りやすくなります。ここでは、運用現場で誤解が起きやすい点に絞って説明します。

ゼロトラストと対をなす考え方として、「境界型セキュリティ」が挙げられます。境界型セキュリティは、社内ネットワークを安全、社外(インターネット)を危険とみなし、境界(ファイアウォール等)で守る考え方です。社内に業務システムが集約され、端末もオフィス利用が中心だった時代には、運用しやすい設計でもありました。

しかし現在は、業務アプリがクラウド上に分散し、端末は社外から直接SaaSへ接続し、社内にも委託先やゲストが入るなど、境界線が実態に合わなくなっています。加えて、境界の内側に入った後は比較的自由になりやすい設計は、アカウント侵害や内部不正が起きたときに被害が拡大しやすいという弱点も抱えます。たとえば、1つのIDが侵害された場合に社内の複数システムへ横展開しやすい構造だと、初動の遅れがそのまま被害拡大につながります。

ゼロトラストは、ネットワーク内部と外部を区別せず、すべてのアクセスを検証し続ける考え方です。重視するのは「どこから来たか」よりも「誰が・どの端末で・どの状態で・何にアクセスするか」です。ここで言う検証は、ログイン時の認証だけを指しません。端末が管理下にあるか、操作が通常と比べて不自然ではないか、アクセス先が機密情報を含むか、といった複数の条件を組み合わせます。

このとき重要になるのが「判断の粒度」です。境界型では、境界の内側に入った時点で広く許可されやすい一方、ゼロトラストでは、対象(アプリ・データ・管理画面など)ごとに許可条件を分けやすくなります。逆に言えば、対象の洗い出しや権限設計が曖昧だと、許可条件の作りようがなく、例外が増えやすい点には注意が必要です。

ネットワーク中心からID中心へ

ゼロトラストでは、ネットワーク境界を守るだけではなく、ID(アイデンティティ)・端末(デバイス)・データ(情報資産)を中心にコントロールする設計になりやすい点が特徴です。SSOやMFA、端末状態の検証、アクセス権の最小化、ログ監視が重要になります。特にクラウド利用が進むほど「ネットワークに入った/入っていない」よりも「正しい本人が、適切な端末で、許された範囲で使っているか」を継続的に確認することの価値が高まります。

なお、ここで言う「ID中心」は、ネットワーク対策を不要にするという意味ではありません。ネットワークは「信頼の根拠」ではなく、「制御と可視化のための基盤」として位置づけ直される――この整理ができると、後述するZTNAやSASEの理解がスムーズになります。

ゼロトラストで「信頼しない」とは何を意味するのか

ゼロトラストという言葉は、「何もかも疑う」「誰も信用しない」といった印象で受け取られることがあります。社内説明の場では、この誤解が先に立つと、必要な議論が“心理的な反発”で止まりやすくなります。

ただし、ゼロトラストにおける「信頼しない」とは、人や組織を疑うという意味ではありません。あらかじめ固定的な前提条件を置かず、その時点の状態や条件をもとに判断する――という設計上の姿勢を指しています。

境界型セキュリティでは、「社内ネットワークに接続している」という事実そのものが、暗黙の信頼条件として扱われてきました。一方、ゼロトラストでは信頼の置き所が変わります。場所やネットワークではなく、「誰が」「どの端末で」「どの状態で」「何にアクセスしようとしているか」といった判断材料をもとに、アクセス可否を決める点が本質です。

また、ゼロトラストは「一度認証したら終わり」という考え方を取りません。端末の状態は時間とともに変化しますし、操作内容やアクセス先によってリスクの高さも異なります。そのため、ログイン時だけでなく、利用中も含めて継続的に判断を行うことが前提になります。これが「Always verify」と表現される理由です。

この発想は、利便性を犠牲にするためのものではありません。すべての操作に一律で厳しい制限をかけるのではなく、リスクが低い利用はスムーズに、高い利用には追加の確認を行う、といった段階的な判断を可能にします。MFAの条件付き適用や、端末状態に応じたアクセス制御は、その代表例です。

一方で、条件設計が曖昧なまま「厳しさ」だけを先行させると、例外対応が増え、現場は回避策(共有アカウントやローカル保存など)に流れやすくなります。ゼロトラストの狙いは現場を縛ることではなく、判断を説明可能にし、例外を管理可能にすることにあります。ここを「運用の言葉」として共有できると、導入議論が前に進みやすくなります。

ゼロトラストの概念が生まれた背景

ゼロトラストが必要とされるようになった背景には、攻撃手法の変化だけでなく、業務の構造変化と運用事故の現実性があります。境界型の延長線で工夫を重ねても限界が出やすい理由を、ここで説明します。

ゼロトラストは、2010年にForrester Researchのジョン・キンダーバーグ氏によって提唱された概念として知られています。当時から、社内ネットワークを「信頼できるもの」とみなす発想は、マルウェア侵入や内部犯行、認証情報の窃取が起きた際に被害が拡大しやすいという課題がありました。境界の内側を広く安全と見なすほど、ひとたび侵害が起きたときの影響範囲が大きくなりやすい、という点が問題の中心です。

さらに近年では、クラウドサービスの普及によりネットワーク境界が曖昧になっています。加えて、認証情報を狙う攻撃(フィッシング、クレデンシャルスタッフィング等)や、設定ミス・誤共有といった運用起因の事故も目立つようになり、境界型セキュリティだけでは十分な対策が難しくなっています。つまり「境界を守る」だけではなく、IDや端末状態、利用状況を材料に、アクセスを都度判断する必要性が高まってきました。

ここで押さえておきたいのは、ゼロトラストが「境界を捨てる」ことを意味しない点です。境界対策が無意味になるわけではなく、境界だけに依存した設計が現実の業務構造に合わなくなっている、という整理のほうが正確です。ゼロトラストは、境界対策を含めた複数の防御を、判断と運用の枠組みの中で役割分担させる考え方だと理解すると混乱しにくくなります。

働き方とシステム構造が変わった結果として、守り方の前提も変えざるを得なくなった――この理解を共有できると、次章の「必要性」の説明が“掛け声”ではなく、業務の現実に沿った話として伝わります。

ゼロトラストの必要性

ゼロトラストが必要とされる理由は、「クラウドやテレワークが増えたから」という一言では説明し切れません。運用現場では、複数の変化が同時に起きており、従来の境界型だけでは守り切りにくい状況が重なっています。ここでは、特に影響が大きい3点を説明します。

1) 認証情報が最大の侵入口になっている

攻撃者はネットワーク機器の突破だけでなく、ID/パスワードやセッショントークンの奪取を狙います。クラウド利用が増えるほど、アカウント侵害は直接的に業務やデータに影響します。さらに、SaaSは社外からアクセスできること自体が前提になりやすく、侵入口が「ネットワーク」から「ID」へ移りやすい構造です。そのため、IDを中心にアクセスを制御し、状況に応じて継続的に検証する必要があります。

ここでのポイントは、認証を強くするだけでは十分ではないことです。侵害されたIDが「どこに」「どれだけ」到達できるかは、権限設計と分離設計に左右されます。つまり、認証強化(侵入口)と同時に、最小権限(到達範囲)と監視(検知)を組み合わせる必要がある、というのがゼロトラストの基本的な考え方です。

2) 端末・場所・接続経路が多様化している

社給PCだけでなくBYOD、モバイル、在宅、出張先、委託先など、利用状況は多様です。端末が管理下にあるか、更新されているか、危険な状態ではないかを評価しながらアクセスを許可する仕組みが求められます。ゼロトラストでは、社内・社外という場所ではなく端末の状態や利用条件をもとに判断するため、働き方の変化と相性が良い反面、端末管理や状態評価の整備が前提になります。

また、ネットワーク経路が増えるほどログは散在しやすく、全体像が見えにくくなります。ゼロトラストは「どこを通ったか」ではなく「どの条件で許可したか」を判断基準に整理するため、条件判断とログを紐付けられる設計が重要になります。

3) 内部不正・事故・誤操作の現実性が高い

内部不正はもちろん、悪意がなくても誤共有・誤送信・設定ミスが起こり得ます。ゼロトラストは侵害を前提に、最小権限や分離、監視を組み込むため、被害の拡大を抑える方向に寄与します。たとえば、権限が過剰に付与されている状態だと、誤操作や侵害が起きた瞬間に影響範囲が広がります。最小権限とログ監視は、「起きてはいけない」ではなく「起こり得る」前提で整備する対策として重要になります。

この3点をまとめると、守る対象が社内ネットワークに閉じなくなり、侵入口がIDへ移り、運用事故も避け切れない前提になった――その結果として、アクセスを条件で判断し続ける枠組みが必要になっている、という整理になります。

ゼロトラストのメリット

ゼロトラストのメリットは「セキュリティが強くなる」という一言に集約されがちですが、導入判断に使うなら、もう少し具体的に捉えたほうが扱いやすくなります。ここでは、運用現場で効果が出やすい点に言い換えて説明します。

クラウド・テレワークを前提としたセキュリティにできる

社内に閉じた設計に戻るのではなく、SaaSや外部アクセスを前提にしつつ、ID・端末・ポリシーで守れるようになります。結果として、利便性と安全性の両立を図りやすくなります。特に、場所によらず同じ判断基準でアクセス制御を適用できるようになる点は、働き方が分散した組織ほど効果が出やすい傾向があります。

ポイントは、拠点や在宅といった働き方の違いが、セキュリティ運用の例外を増やす原因になりにくくなることです。場所で許可するのではなく条件で許可するため、ルールの整合性を保ちやすくなります。

被害の拡大を抑えやすい

最小権限、分離(セグメンテーション)、アクセスの都度検証、ログ監視を組み合わせることで、侵害が起きても横展開(ラテラルムーブメント)を抑止しやすくなります。境界の内側を広く安全と見なす設計に比べると、アクセスできる範囲を細かく区切りやすく、封じ込めを前提にした設計にしやすいことが特徴です。

ただし、ここでの「抑えやすい」は自動的に実現するという意味ではありません。どの単位で分離するか、権限をどう設計するか、例外をどう管理するかがセットで必要になります。導入検討では、メリットとあわせて「前提として必要な運用」も確認しておくことが重要です。

アクセスの実態が把握しやすくなる

「誰が」「どの端末で」「どのサービスに」「どの条件で」アクセスしたかのログとポリシーが整備されるため、運用改善や監査対応にもつながります。加えて、例外ルール(特定条件のみ許可する等)もポリシーとして管理できると、属人的な運用を減らし、後から説明できる状態を作りやすくなります。

ゼロトラストの価値は、アクセスを止めることだけではなく、「許可の根拠を残す」ことにもあります。何が通常で、何が例外で、何が異常かを定義しやすくなる点は、継続的な改善に直結します。

ゼロトラストのデメリット

ゼロトラストは有効な考え方ですが、導入すれば自動的に安全になるわけではありません。むしろ、難しさの中心は技術そのものより「設計と運用」に出やすいため、事前に負担やつまずきどころを言語化しておくことが重要です。

時間とコストがかかる

ゼロトラストは単一製品の導入で完結しません。現状把握、設計、複数ソリューションの選定と統合、運用体制の整備が必要で、一定の時間とコストがかかります。特に、権限設計や例外管理の整備、ログ運用の設計は後回しにすると破綻しやすく、結果的に手戻りの原因になります。

認証まわりだけ整えて終わりにしないためには、洗い出し・権限・例外・ログといった「設計作業」に工数が要ることを、最初から織り込んでおく必要があります。

運用設計が甘いと使いにくさが先に出る

認証を強化すると、手間が増えたと感じられやすくなります。ここで安全性を上げるほど不便になる状態に陥ると、例外が増え、形骸化につながりやすくなります。SSOや段階的導入、例外ルールの管理(期限・理由・承認・見直し)などを含めた運用設計が重要です。

特に重要なのは、例外を出さないことではなく、例外を管理できる形にすることです。例外の見直しができない状態は、ゼロトラストの前提である最小権限や監査性を崩しやすくなります。

ログが増えるため、監視・分析の体制が必要

ゼロトラストは検証と監視が前提です。ログ量が増えるため、見たい指標・アラート設計・運用担当の役割分担がないと、形だけになりやすい点に注意が必要です。ログを集めるだけで満足せず、何を異常と見なすか誰がどこまで対応するかを決めて初めて運用が回り始めます。

ここでの落とし穴は、検知できるが対応できない状態です。対応できないアラートは放置されやすく、結果として運用の信頼性が落ちます。監視体制は、運用の成熟度に合わせて段階的に整備する、という考え方が現実的です。

ゼロトラストに対応したネットワーク

ゼロトラストという言葉から、「ネットワークはもう重要ではない」「境界は不要になる」といった誤解が生じることがあります。しかし実際には、ネットワークは引き続き重要な役割を持ちます。ただし、その役割は“信頼の基準”から“制御と可視化の基盤”へと変わります。

従来の境界型セキュリティでは、ネットワークの内側か外側かが信頼判断の基準でした。一方、ゼロトラストでは、ネットワークの内外を問わず、アクセスの可否はID、端末状態、ポリシーといった条件で判断されます。このため、ネットワークは「通して良い通信だけを、意図した経路で通す」役割に集中しやすくなります。

具体的には、ネットワーク分離やセグメンテーションは、ゼロトラストにおいても有効です。ただし目的は「内側を安全にする」ことではなく、「万一侵害が起きた場合の影響範囲を限定する」ことにあります。アクセス可能な範囲をネットワーク的にも分けておくことで、ID侵害や誤操作が起きた際の横展開を抑えやすくなります。

また、ゼロトラストでは通信の可視性も重要になります。どの通信が、どの条件で許可され、どのアプリやデータに到達したのかを把握できなければ、検知や改善につながりません。そのため、ネットワーク機器やクラウド側のログが、IDやポリシーと紐づく設計が求められます。

ここで重要なのは、ネットワーク単体でゼロトラストを実現しようとしないことです。ネットワークは判断材料を集め、制御を実行する一部であり、最終的な判断はIDや端末、利用状況と組み合わせて行われます。ネットワークを主役に戻そうとすると、境界型に逆戻りしやすいため注意が必要です。

ゼロトラストを実現するためのソリューション

ゼロトラストは単一製品で完成するものではなく、複数の技術要素を組み合わせて「判断」と「実行」を運用として維持する枠組みです。ここで扱うソリューションは、その枠組みを支える手段であり、ゼロトラストそのものではありません。

全体像をつかむには、まず認証やアクセス制御など「最初に統制をかけやすい工程」(IDaaS / IAM / MFA / ZTNA)から読むと理解しやすくなります。次に「状態を評価する」(MDM / EDR / EPP / CSPM)を読むと、アクセス判断に使う材料が増えます。最後に「利用を監視・制御する」「運用で支える」を読むことで、認証後の統制と、継続的な検知・対応までを一続きとして理解していくとスムーズです。

なお、本文中でも触れている通り、判断材料(例:端末が管理下にあるか、危険な挙動がないか、クラウド設定が安全か)と、実装手段(例:MDM/EDR/CSPMなどの各ソリューション)は同一ではありません。ソリューションは、判断のための情報を提供したり、判断結果を実行したりする部品です。どの部品が必要かは、守る対象(データ/アプリ/管理画面)と利用実態(誰がどこから何をするか)によって変わります。

  • 認証・アクセス制御の役割を持つ(例:IDaaS / IAM / MFA / ZTNA / PAM)
  • 状態を評価する(例:MDM / EDR / EPP / CSPM / CIEM / SSPM)
  • 利用を監視・制御する(例:CASB / SWG / DLP)
  • 運用で支える(例:SIEM / SOC / MDR / SOAR)

ここで押さえておきたいのは、上記は「ゼロトラストを構成する部品の一覧」ではなく、アクセス判断を成り立たせるための役割分担の整理だという点です。ゼロトラストでは「誰を信頼するか」ではなく「どの条件なら許可できるか」を決めます。その条件を作るために、認証・状態評価・利用統制・運用という複数のレイヤーが関わります。

また、近年はSASEという言葉もよく登場しますが、これも「ゼロトラストと同義」ではありません。一般にSASEはネットワークとセキュリティをクラウド側で統合的に提供する考え方・アーキテクチャとして語られ、ゼロトラストの実装を進める際の形の一つとして検討されることがあります。いずれにせよ、用語に引っ張られず「判断材料を集め、判断し、実行し、運用で維持する」という考え方で捉えることが重要です。

認証・アクセス制御(入口を制御する)

IDaaS

IDaaS(ID as a Service)は、クラウド上で認証やSSO(シングルサインオン)、アカウント管理、ポリシー適用などを提供する仕組みです。SaaS利用が増えるほどアカウントは分散しやすく、ログイン経路が増えるほど統制が難しくなります。IDaaSで認証を集約すると、アクセス制御の適用点が明確になり、ログの集約や条件付きアクセス(例:端末条件や場所条件に応じた制御)を設計しやすくなります。ゼロトラストにおいては「誰がアクセスしているか」を継続的に扱うための基盤になりやすい要素です。

なお、IDaaSは認証を整えるための有力な手段ですが、それだけで最小権限や例外管理が自動的に整うわけではありません。認証を集約することで「統制をかける起点が明確になる」と捉えると理解しやすいでしょう。

IAM

IAM(Identity and Access Management)は、IDの管理、認証、認可(アクセス権)を含む考え方・仕組みの総称です。本人確認(認証)だけでなく、「誰にどの権限を与えるか」「異動・退職時にどう剥奪するか」「特権をどう扱うか」を継続的に維持することが中核になります。ゼロトラストでは最小権限が重要になるため、IAMは認証の話にとどまらず、許可範囲を設計し続ける基盤として機能します。

IDaaSがSSO等で認証を集約するのに対し、IAMは権限の付与・剥奪や管理プロセスまで含めて扱う、と捉えると混同しにくくなります。特に運用現場では、権限が増え続けない仕組み(付与・変更・剥奪のルール)を運用として維持できるかどうかが、成熟度の差になりやすいポイントです。

MFA

MFA(多要素認証)は、パスワードだけに頼らず、別要素(所持情報や生体情報など)を組み合わせて認証強度を高める仕組みです。認証情報の漏えいが現実的なリスクになっている現在、MFAは「認証時の検証」を強化する代表的な手段です。すべての操作に一律で追加認証を求めるのではなく、リスクの高い操作や不自然な条件のときにだけ強めるなど、段階的な運用も可能です。

ここで整理しておきたいのは、MFAは認証の強化であり、アクセス権そのもの(認可)を決めるIAMとは役割が異なる点です。認証を固めたうえで、到達範囲(最小権限)と監視が組み合わさって初めて「被害拡大を抑える設計」になります。

ZTNA

ZTNA(Zero Trust Network Access)は、ポリシーに基づいて社内リソースへのアクセスを制御する仕組みです。VPNのようにネットワーク全体へ接続させるのではなく、ユーザーや端末の条件を検証し、許可されたアプリケーションやリソースにだけ到達させる設計を取りやすい点が特徴です。最小権限と分離をネットワーク側から支える手段として位置づけられ、横展開の抑止やアクセス経路の最小化に寄与します。

VPNとの違いを短くまとめると、VPNは「ネットワークへ入る」発想になりやすいのに対し、ZTNAは「必要な対象にだけ到達させる」発想になりやすい、という点にあります。もちろんVPNでも分離設計や権限設計は可能ですが、ゼロトラストの考え方に合わせて「許可の単位」を小さくしやすいのがZTNAの特徴です。

PAM

PAM(Privileged Access Management)は、管理者権限(特権)を扱うアクセスを統制する仕組みです。ゼロトラストでは最小権限が重要になりますが、運用上どうしても強い権限を使う場面は残ります。そこで、特権IDの貸し出しや承認、操作の記録、期限付き付与などを仕組みとして管理し、「強い権限を例外として放置しない」状態を作ります。侵害が起きた場合に最も影響が大きくなりやすいのが特権操作であるため、優先的に整備されることも多い領域です。

状態評価(状態を評価する)

MDM

MDM(Mobile Device Management)は、スマートフォンやタブレットなどモバイルデバイスを一元管理するソリューションです。リモートワークやBYODがある環境では、端末が管理下にあるか、暗号化やロックが適用されているか、許可されたアプリ構成になっているか、といった要素が重要になります。ゼロトラストでは、場所ではなく端末状態を判断材料として扱うため、MDMは「端末が安全に使える状態か」を判断する前提データを提供しやすい要素です。

ただし、端末条件を細かくしすぎると例外が増えやすい点には注意が必要です。まずは「最低限の判定ができる状態」を作り、段階的に成熟させるほうが運用は安定しやすくなります。

EDR

EDR(Endpoint Detection and Response)は、端末の挙動や通信を監視し、不審な兆候の検知と対応(隔離・封じ込めなど)を支援します。侵入を完全に防ぐことを前提にせず、侵入後も含めて早期発見と被害抑止を目指す点が特徴です。ゼロトラストの「侵害を前提に設計する」を運用として維持するうえで、端末のリスク状態を把握する情報源になりやすく、アクセス制御の条件として参照されることもあります。

EPP

EPP(Endpoint Protection Platform)は、端末上でのマルウェア対策や不正ファイルの実行防止など、主に予防を担うエンドポイント保護の枠組みです。アンチウイルス(AV)や次世代アンチウイルス(NGAV)などが該当します。ゼロトラストにおいては、端末が基本防御を満たしているか(保護が有効か、更新されているか)といった状態評価の前提になり、端末が危険な状態でないことを示す材料として使われます。

CSPM

CSPM(Cloud Security Posture Management)は、クラウド環境の設定ミス(誤構成)やリスクの高い構成を検出し、継続的な是正を支援する仕組みです。クラウドは設定が柔軟である一方、誤設定が重大事故につながりやすい特性があります。ゼロトラストでは、アクセス側(IDや端末)だけでなく、利用先(クラウド側)が安全な状態かどうかも状態として扱う必要があるため、CSPMは「利用先の状態評価」を支える要素として位置づけられます。

CIEM

CIEM(Cloud Infrastructure Entitlement Management)は、クラウド環境における権限(エンタイトルメント)を可視化し、過剰権限の是正や最小権限化を支援します。ゼロトラストの議論はID側(人のアカウント)に寄りやすい一方で、クラウドの権限はサービスやロール、ポリシーが複雑で、運用の中で過剰権限が積み上がりやすい領域です。CIEMは、クラウド上での最小権限を維持するための現実的な手段として検討されます。

SSPM

SSPM(SaaS Security Posture Management)は、SaaSの設定状況や運用上のリスク(共有設定、認証設定、権限設定など)を点検し、是正を支援する考え方・仕組みです。SaaSは手軽に使える一方で、設定の差がセキュリティ差になりやすく、また運用変更も頻繁に発生します。ゼロトラストでは「認証の統制」と同時に「利用先が安全な状態か」を継続的に扱う必要があるため、SSPMはSaaS側の状態評価を補完する要素として位置づけられます。

利用の監視・制御(利用を監視・制御する)

CASB

CASB(Cloud Access Security Broker)は、クラウドサービス利用の可視化や制御、データ保護などを行う仕組みです。許可されていないクラウド利用(いわゆるシャドーIT)の把握、共有設定の不備、重要データの持ち出しなど、認証後に起きやすいリスクに対して統制をかけます。ゼロトラストではアクセスできた後にどう使われるかまで管理対象に含めるため、CASBは利用フェーズの統制を担いやすい領域です。

SWG

SWG(Secure Web Gateway)は、Webアクセスの制御・検査を行う仕組みです。URLフィルタリングやマルウェア対策に加え、暗号化通信を検査する場合はTLS復号(SSL/TLSインスペクション)などの前提を置いたうえで通信内容の検査を行い、データの持ち出し抑止(製品によってはDLP機能を含む)などを通じて、端末からのWeb利用を安全に保ちます。ゼロトラストの文脈では、利用中の通信やアクセス先のリスクを扱う手段として位置づけられ、認証後の利用を監視・制御する役割を果たします。

DLP

DLP(Data Loss Prevention)は、機密情報の持ち出しや漏えいを防ぐための仕組みです。ゼロトラストは「アクセスを許可するかどうか」だけでなく、「許可された後にどう扱われるか」まで含めて統制する考え方と相性が良く、DLPはその実装の一つになります。たとえば、機密データを含むファイルの外部共有や、社外への送信、クラウドストレージへのアップロードなどを検知・制御し、誤操作や不正の影響を抑えます。

運用(運用で支える)

SIEM

SIEM(Security Information and Event Management)は、さまざまなログやイベント情報を集約し、相関分析や可視化、アラート化を行う仕組みです。ゼロトラストはID、端末、クラウド、ネットワークなど複数のレイヤーに判断材料が分散しやすいため、「集めて見える化する」だけでなく、関連付けて解釈できる状態が重要になります。SIEMは、各ソリューションが出すログを統合し、検知と調査の起点を作る役割を持ちます。

SOC

SOC(Security Operation Center)は、ログ監視、アラート対応、インシデントの検知・分析を行う運用組織(または機能)です。ゼロトラストでは、アクセス判断と監視が前提となるため、ログを集めるだけでなく、異常の定義、監視項目、一次対応の範囲などを運用として回す必要があります。SOCはその実行主体として、継続運用を支える役割を持ちます。

MDR

MDR(Managed Detection and Response)は、検知・分析・初動対応などをマネージドサービスとして提供する形態です。自社だけで24時間監視や高度な分析体制を整えることが難しい場合に、一定水準の監視・対応を運用として成立させる選択肢になります。ゼロトラストでは検知しても対応できない状態が最も危険になりやすいため、体制面の現実解として検討されることがあります。

SOAR

SOAR(Security Orchestration, Automation and Response)は、セキュリティ運用の自動化・効率化を支援します。アラートのトリアージ、調査の定型作業、対応フローの自動実行などを通じて、限られた人員でも運用を回しやすくします。ゼロトラストは運用の比重が高くなりやすいため、運用負荷を下げ、対応の一貫性を高める手段として位置づけられます。

各ソリューションはゼロトラストそのものではなく、認証・状態評価・利用統制・運用という各レイヤーで判断を成り立たせるための部品です。自組織の守る対象と利用実態に合わせて取捨選択し、組み合わせて設計する必要があることを理解しておくことが大切です。

ゼロトラスト実現のポイント

ゼロトラストは、何か一つのソリューションを導入するだけで実現できるものではありません。重要なのは、ツール導入を目的化せず、守るべき対象と利用実態に沿って「判断」と「運用」を設計することです。思想として正しくても、運用に落ちなければ形骸化します。逆に言えば、完璧な理想形を一気に目指さなくても、成立する単位で設計し、改善を積み重ねることで成熟させていけます。

つまずきやすいのは、認証強化など最初の統制だけを先行させた結果、現場の使いにくさが先に表面化し、例外が増えて形骸化するケースです。セキュリティは強化できても、例外ルールの管理(期限・理由・承認・見直し)が追いつかないと、運用が破綻しやすくなります。最初から「例外も含めて維持できる設計」にすることが欠かせません。

ここでは、現場の制約(人員、既存システム、例外の多さ)を前提にしても前進できるよう、運用現場で差が出やすいポイントをまとめます。

1) まず守る対象と使い方を定義する

最初に行うべきは、理想像の議論ではなく実態把握です。どのデータ・どのシステムが重要か、誰がどこからどう使うのか、外部委託や取引先連携はあるか、を洗い出します。ここが曖昧なままだと、ポリシーが過剰に厳しくなるか、逆に抜け漏れが増えやすくなります。

洗い出しは守る対象と使い方をセットで考えるのがポイントです。たとえば重要データがある、だけでは足りません。どの業務で、どの役割の人が、どの経路で、どの頻度で扱うのかまで整理できると、最小権限や例外設計の根拠になります。利用実態が不明なまま認証だけ強化すると、「業務が止まる」「例外で回避する」「例外が増えて形骸化する」という流れになりがちです。

2) IDを中心に、アクセスを一本化する

SSOやMFA、統一された認証基盤が整うと、ポリシー適用やログの統合が進みます。ゼロトラストではIDを起点に判断する場面が多いため、ID管理の整備が重要です。アカウントの洗い出し、退職・異動時の権限剥奪、特権IDの管理なども、この段階で運用として維持できる形にしておくと後工程が安定します。

特に運用現場で差が出るのは、IDの洗い出しを一度やって終わりにしないことです。人の異動、業務の追加、委託先の入れ替わりがある限り、IDと権限は放置すると崩れます。認証強化に加えて、権限が増え続けない仕組み(付与・変更・剥奪のルール)を固定できるかどうかが、成熟度を左右します。

3) 端末の状態を評価できるようにする

端末が管理下にあるか、暗号化されているか、OS更新が適切か、危険な状態ではないか、といった端末健全性を評価できると、許可・制限の精度が上がります。MDMやEDR等と連携して条件付きアクセスの設計を行います。ここでは、基準を厳しくするよりも、まず判断できる状態にすることを優先したほうが進めやすい場合があります。

端末状態の評価で重要なのは、最初から満点を求めないことです。細かい条件を積み上げると例外が増えたり、端末側の整備が追いつかなかったりして運用が破綻しやすくなります。まずは「管理された端末である」「基本的な更新が適用されている」といった最低限の判定ができる状態を作り、段階的に条件を増やしていくほうが現実的です。

4) 最小権限・分離・例外管理を設計する

ゼロトラストは信頼の前提を固定しませんが、現場は全部禁止では回りません。業務要件に合わせて最小権限を設計し、例外を作る場合も期限・理由・監査性を持たせます。分離(ネットワーク/アプリ/データの境界づくり)も合わせて検討します。例外が増えること自体をゼロにするのではなく、増えたときに破綻しない仕組みを先に用意することが大切です。

ここでの落とし穴は、最小権限を理想的な正しさで押し切ろうとすることです。運用上、例外がゼロになることはほとんどありません。重要なのは、例外を隠すのではなく、例外を管理対象として設計に組み込むことです。例外に対して「期限」「理由」「承認者」「見直しのタイミング」をセットにし、期限が来たら戻す(または延長根拠を再承認する)運用にすると、例外が増えても破綻しにくくなります。

5) ログと運用を最初から組み込む

ゼロトラストは導入して終わりではなく、運用が本体です。アラートの設計、対応フロー、担当と責任範囲、委託の可否(SOC/MDR)を早い段階で決めると、形骸化しにくくなります。特に、検知しても対応できない状態は最も危険なので、どこまでを自社で行い、どこからを外部に任せるかを現実的に設計します。

ログ運用でありがちな失敗は、集めたログが多すぎて見切れない状態です。重要なのは、最初から全部を見ることではなく、何を異常と見なすかを絞り、対応できる範囲で回すことです。たとえば、特権操作、管理画面へのアクセス、通常と異なる場所・端末条件のログイン、機密データへのアクセスなど、優先度の高いイベントから監視の基準を作り、段階的に対象を広げます。

6) 段階的に進め、効果が見える単位で改善する

全社一斉に理想形を目指すと失敗しやすいです。影響の大きい領域(例:SaaSの認証統合、特権ID、リモートアクセス、機密データの保護)から優先度順に進め、KPI(例:MFA適用率、ログイン事故件数、特権IDの見直し実施率、端末準拠率)で改善を回します。小さく始めて維持できる形を作り、対象を広げていくほうが、結果的に早く安定しやすいでしょう。

段階的に進める際は、導入したかではなく運用として定着したかをKPIの判断基準に置くのがポイントです。たとえばMFAは導入率だけでなく、例外数や例外の見直し実施率が重要になります。IDの見直しも、実施回数だけではなく、期限内に剥奪できているか、特権が放置されていないかが効いてきます。

ソリューション選定が難しい場合は、専門の業者に相談しましょう。その際、現状(ユーザー/端末/クラウド利用状況)と将来的な構想(どの働き方・どのクラウド活用を増やすか)が整理されていると、提案と見積りが現実的になります。洗い出しが不十分なまま相談すると、提案が過剰に広がったり、運用前提が置き去りになったりしやすいため、最低限の現状整理を先に行うことが重要です。

まとめ

ゼロトラストは「何も信頼しない」という言葉の印象から、厳格で融通の利かないセキュリティ対策だと誤解されることがあります。しかし本質は、場所やネットワークといった固定的な前提を信頼せず、その時点の条件に基づいて判断し続けるという設計思想にあります。従来の境界型セキュリティが前提としてきた「内と外」の区分が成り立ちにくくなった現在、この考え方は現実的な選択肢になっています。

本記事では、ゼロトラストを単なる製品カテゴリや流行語としてではなく、歴史的背景を持つ設計・運用思想としてまとめました。あわせて、なぜ今ゼロトラストが必要とされるのか、どのようなメリットとデメリットがあるのか、そして運用現場でどのように進めるべきかを段階的に説明してきました。

特に重要なのは、ゼロトラストが単一のソリューションで完結しないという点です。IDaaSやIAM、MFA、ZTNAといった認証の整備だけでなく、端末やクラウドの状態評価、利用中の監視・制御、そしてログ監視や対応体制といった運用まで含めて初めて成立します。これらは全部そろえなければならない部品ではなく、判断を成り立たせるための役割として整理し、優先順位を付けて導入・改善していくものです。

また、ゼロトラストは万能の解決策ではありません。設計や運用を誤ると、例外が増えて形骸化したり、現場の負担が先に増えたりする可能性があります。そのため、最初から完璧を目指すのではなく、守るべき対象と利用実態を洗い出し、維持できる単位で設計・運用を固めながら成熟させていくことが現実的です。

ゼロトラストを理解するうえで大切なのは、「何を導入するか」よりも「何を判断し、その判断をどう運用し続けるか」という視点です。本記事が、ゼロトラストを検討・説明・設計する際の共通言語として、また基礎理解を固めるための土台になれば幸いです。

FAQ:ゼロトラストの基礎と進め方

Q.ゼロトラストとは何ですか?

ゼロトラストは、アクセス要求を検証し続け、必要最小限の権限で許可するセキュリティの考え方です。社内外という場所ではなく、IDや端末状態などの条件で判断します。

Q.境界型セキュリティと何が違うのですか?

境界型は社内を安全、社外を危険とみなして境界で守ります。ゼロトラストは社内外を区別せず、アクセスの条件を都度評価して許可・制限を判断します。

Q.ゼロトラストは製品を1つ入れれば実現できますか?

できません。ゼロトラストは設計思想・運用思想であり、ID、端末、利用状況、ログ運用など複数の対策を組み合わせて段階的に成熟させます。

Q.ゼロトラストでは何を都度検証するのですか?

ユーザー(ID)、端末の管理状況や更新状況、アクセス元、操作のリスク、アクセス先の重要度などを条件として評価します。条件に応じて許可・制限・追加認証を判断します。

Q.IDaaSとIAMはどう違いますか?

IDaaSは認証やSSOを提供してログイン経路を集約しやすい仕組みです。IAMは権限設計や付与・剥奪の運用まで含み、最小権限を維持する基盤になります。

Q.MFAはなぜ重要なのですか?

MFAはパスワード以外の要素を追加して認証強度を高め、認証情報の漏えいによる侵害リスクを下げます。クラウド利用が前提の環境では認証を強化する基本策です。

Q.ZTNAとVPNはどう違いますか?

VPNはネットワークへ広く接続させやすいのに対し、ZTNAは条件を検証したうえで必要なリソースにだけ到達させる設計を取りやすい仕組みです。最小権限と分離に適合しやすい点が特徴です。

Q.ゼロトラスト導入で失敗しやすいパターンはありますか?

認証強化だけを先行させ、例外管理や権限設計、ログ運用が追いつかないと形骸化しやすくなります。例外を管理できる形で設計に組み込むことが重要です。

Q.ゼロトラスト導入で最初に着手しやすい領域はどこですか?

SSOとMFAによる認証の統合、アカウントと権限の洗い出し、端末管理の整備は効果が見えやすい領域です。守る対象と利用実態を整理したうえで優先順位を付けます。

Q.ゼロトラストは導入後に何が難しくなりますか?

ログ量が増えるため、見たい指標やアラート設計、対応フローの整備が必要になります。運用として回る範囲を決め、段階的に監視体制を整えることが現実的です。

記事を書いた人

ソリトンシステムズ・マーケティングチーム